短歌

全国大会 島根

全国大会の会場は宍道湖のほとりのホテルで、会場の外の受付のあたりからは

宍道湖が綺麗に見えた。参加者は200人くらいだったのかな?

京都や東京あたりで開く大会と比べると地方での大会はこじんまりとした感じはある。

物価高の昨今、交通費もかかるので仕方ない。


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 会場からの宍道湖

一般公開のプログラムの最初は「歌集の空間を楽しむ」という吉川宏志と花山多佳子に

よる鼎談。アンソロジーで読む場合と歌集で読む場合の違い、歌集は名歌・秀歌だけが

並ぶわけではなく、何気ない歌が入っていることの良さがある、という話はその通り

だろう。確かに、一連の中に何気ない歌が入っていることでその歌群が良くなるという

ことは当たり前にある。

鼎談のあとは「わたしたちの第一歌集 時代と社会の中で」という題の座談会。

出席者がそれぞれの第一歌集について話をし、裏話などもあって面白かった。

なかでも座談会の司会をした澤村斉美の話が良かった。

もともと話が上手いのだが、話の内容も一番あったような気がする。

彼女の第一歌集は『夏鴉』。2008年出版の現代短歌新人賞などを取った歌集だが、

なぜか結社に入って数年しか経っていない自分にも批評会の招待状がきて、

行ってみたら錚々たる顔ぶれの評者達の話していることが殆ど理解できず、

力の差を見せつけられた気がして、

そのあとの懇親会には出ないで悄然として帰ってきたのを覚えている。


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 座談会

最後の挨拶は永田和宏、この人も相変わらず話が上手い。

挨拶のなかで、若い時に好きな歌集を一冊書き写したという話をして、

歌集を書き写したことがありますか? と会場に問うたら数人、手を挙げて、

永田さん「えっいるの!?」と驚いていた。

実はその時に手を挙げなかったが、自分も歌集一冊書き写したことがある。

自分の場合はワードで書き写した。

ワードじゃ駄目か?

一首一首手書きで書き写すくらいの熱がないと駄目かな?(^^;

初日のプログラムが終わり、そのあとは懇親会。

懇親会には出ないので、しばらく知った会員と話をして会場を出、

20分ほど歩いて宿泊するホテルに入った。


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 夕飯はひとりで飲みに出かけた。地魚の刺身と地ビール。
 

歌会

一年振りに福島の歌会に行ってきた。

花咲か爺ではないが、桜が咲く季節になると福島に行く。

歌会のついでに桜を見に行くのである。

というか、桜のついでに歌会かな

ま、そんなこと言うと福島の歌会の人に怒られるので、

あくまでも建前は歌会のついでに桜である(^^;

横浜を6時過ぎに出てシビックで東北道すっ飛ばして福島についたのが10時半。

桜の季節ということだろうか、東北道が割と車走っていて時間かかった。

福島駅の駅ビルで土産を買って横浜に送り、昼飯を食べて午後1時に会場へ。


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 福島駅前、「ミニ花見山」の展示、桜が咲いている

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 歌会前の昼食、禊の酒を一杯ひっかけて戦闘モードに切り替えて歌会へ行く


出席者は8人。今回は連作の歌会。15首くらいの連作を出しての歌会なので、

8人でも40首くらいあるわけで、時間を考えながらの歌会になった。

いずれの作品もなかなか面白くて、いい歌会だったのだが、

結社の選者でもある梶原さい子の連作が良かった。

短歌の批評は、その歌の良いところあるいは歌の問題点を理由を示して分析し、

それを言語化して、その歌の鑑賞を他者と共有、あるいは議論できるように

することである気がするのだが、

現実の歌会ではえてして、理由を示したくてもそれをうまく言語化できないことが

ままあるわけである。

例えば、梶原さい子の連作のなかの一首、

風の日の・・・道を急ぎつつ・・・春に研がれている

というような歌について(発表前なので一部変えて、一部・・・にしている)

三句の「急ぎつつ」が気になると発言したのだが、

「自分がこの歌を作ったとしたら、この言葉が最後まで気になる気がする」という

理由にならないような理由を言っていた、というか、気になる理由をうまく言語化

できないでいるのである。

で、歌会が終わってあらためて読み直してみると、

この歌に続く連作の最後の歌にも「風」が出てくるのだが、

この連作のなかで問題の歌の初句の「風」は無視できない言葉であり、

一方、三句の「急ぎつつ」は「春に研がれている」につながりやすく、

むしろ、連作のなかで大切な「風」を微妙に邪魔しないだろうか。

「急ぎつつ」「春に研がれている」のではなく。

「風の日の」「春に研がれている」のではないのだろうか。

もちろん、これは私が感じたことであり、

梶原さい子の表現しようとしたこととは違うかもしれない。

そういうところの意見を戦わせるのが歌会だと思うのだが、

自分に力が足らず、言語化できないまま意見を戦わすことが出来なかったのは残念だった。

それにしても今回の梶原さい子の連作は歌会のなかで1ランク上という感じだった。

さらなる彼女の活躍を期待している。

歌会のあとは懇親会、

そのあとは飯坂線で飯坂温泉へ。先に飯坂に行っていた息子と合流し夜の飯坂で再び一杯。


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 歌会風景

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 夜の飯坂温泉


翌日は東北道沿いに、二本松城、白河小峰城の桜を見て横浜に帰った。

去年は三春の滝桜を見に行ったが、今回は息子の百名城めぐりに付き合うついでの

桜になった。


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 二本松城と桜

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 白河小峰城と桜

歌集『ゆふすげ』

確定申告が終わり、ちょっと一息ついた。

毎年のことだが紺屋の白袴で、確定申告最終日は自分の申告をひたすらやっていた。

確定申告が始まる前に自分の申告を済ませてしまえばいいわけで、

それは分かっているのだが、忙しい1月が終わったあとでいろいろやっていると、

雪崩れ込むように確定申告に入ってしまうので、そんな感じになっている。

来年は変えていきたいと思っている。

ところで、年に一回、確定申告だけ頼まれているご婦人から宅配便が送られてきた。

確定申告の礼と一緒に歌集が入っていた。

歌集『ゆふすげ』。

作者は美智子。

名前だけで書くと不遜のようだが、美智子上皇后である。

美智子上皇后に限らず皇室の人は短歌をたしなんでいて、

正月の歌会始めは毎年ニュースにもなる。

美智子上皇后は永田和宏や河野裕子の歌の指導を受けていたようで、

河野裕子が亡くなったあとの送る会では、

美智子上皇后が河野裕子を偲んで詠った歌が披露されていた。

皇室の人の歌集であれば通常、作者名は皇后陛下御歌集とか上皇后陛下御歌集とか

書かれるのだろうが、永田和宏の勧めで肩書ではなく本人の名前が著者名として

記されている。この辺について永田和宏は後書きにこう書いている。

『著者としての美智子さまのお名前を記すことを、強くお勧めいたしました。

「美智子」という名を持った一人の歌人の歌として、皇太子妃、皇后、上皇后などと

いったバイアスをかけずに、読者の目に届いて欲しいとの願いからです』

うむ、納得。

万葉集は名もない防人の歌も載せている。

天皇の歌だから、皇后の歌だから、名もない人の歌だから、

そんなことは歌の評価には関係ないことで、

歌をそのまま読み、感じとり、詠んだ人に思いを馳せたい。

名前の「美智子」だけで良かったのではなかろうか。

ちなみに庶民には姓があるが天皇家には姓がないので、

「美智子」だけが著者名になるわけである。

スメラミコトの時代、姓というのは天皇が家臣に権威付けとして与えるもので

あったわけで、天皇家には姓がないわけである。

まだ頂いたばかりなのですべては読んでいないのだが、

こんな歌が目にとまった。

 

 夕暮れに浅間黄すげの群れ咲きてかの山すその避暑地思ほゆ

 海ちかく魂やすらげる島人の墓標にゆれて緑なるかげ

 をとめ座のスピカまたたく春の夜遠きイラクに空爆つづく

 

手慣れたといえば手慣れた詠みぶりではあるが、静かに叙情が伝わってくる。

天皇とともに沖縄などの太平洋戦争のあとも訪ねていて、

二首目は沖縄の歌である。

こういう歌もあった。

 

 帰り得ぬ故郷を持つ人らありて何もて復興と云ふやを知らず

 

東日本大震災の歌だろう。あるいは福島の原発かもしれない。

復興ということがテレビや新聞では流れてくるが、故郷に帰れない人達がいる、

そういう人達に思いを馳せている美智子というひとりの歌人がいる。

あるいは上皇后としては、「それで復興と言えるのですか? 言うのですか?

ということは決して言えないものなのかもしれない。

しかし、美智子という一人の歌人としてなら詠える。

 

歌集を送って頂いた方に礼を言わなければならない。

歌集ありがとうございます。

これからしっかり読ませて頂きます。


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歌会

去年、歌会には3回しか出席できなかった。

やはり歌会に出席していないと批評の力が落ちる気がして、

来年からはせめて二か月に一度は歌会に出たいと思った。

ということで、今年初めての歌会、ひさしぶりの湘南の歌会に行ってきた。

歌会の前は鎌倉を歩く。

鎌倉駅から御成通りを経て長谷へ歩く。

湘南の歌会にあまり出なくなって鎌倉を歩くことも少なくなっていたのだが、

御成通りも長谷への道も新しい店が増えている気がする。

長谷寺の手前で右に入り甘縄神社へ。

小さな神社だが鎌倉最古の神社といわれる由緒ある神社で、正しくは甘縄神明神社である。

すぐ近くに川端康成の旧邸があり、彼の『山の音』にはこの甘縄神社も出てくる。

長谷に来る観光客はたいてい長谷寺や高徳院の大仏を見にいくので、

甘縄神社はほんのすぐそばにあるのに訪れる人も少なく静かでいい。

ここには玉縄桜がある。

早咲きの桜で河津桜のような色の濃いピンク系ではなくソメイヨシノに似ている。

たぶん咲いているだろうと思って行ったのだが、案の定、満開だった。

この桜を見たくて甘縄神社に来た。

日本人の死生観に深く結びついている桜。

いつ頃からだろう、桜に死よりも再生を見るようになったのは。

玉縄桜の下をくぐり階段を登ると遠くに鎌倉の海が見える。

静かである。

このあと長谷寺に立ち寄り梅を見て、江ノ電で藤沢の歌会に向かった。

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 甘縄神社の玉縄桜
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 長谷寺の梅
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 歌会の前に昼飯。歌会で初めて会った人に「一杯飲んでから来るって聞きました」
と言われたが、戦闘モードに切り替えて歌会に出るための禊ぎの酒である(^^;


さて、肝心の歌会。

気になった歌、というか、批評を聞いていて気になった歌を幾つか。

ゲレンデは早蕨の国となり春雲の影が流れてゆく、

そんな歌意の歌。

もちろん誌面発表前なのでそのままでは出せず少し改変している。

今回の歌会での最高得点歌で、批評もみな好意的だった。

今回、出席者16人で湘南の歌会としては詠草も多く、あまり時間がとれないような

ことを言っていたので、何も発言しなかったが私は選ばなかった。

「早蕨の国」というのは作者の工夫だろう。

批評でもこれを評価する意見が多かったが、

どうもこれが雑なくくり方のように思えた。

雪が消えたあとのゲレンデというのは日当たりが良くて山菜がよく取れる。

残雪期の山に向かうとそういうところも歩くわけだが、

多いのはコゴミ、蕗の薹、ウド、タラの芽、ゼンマイ、その他もろもろ。

山菜って種類が多いのである。もちろんワラビもあるわけだが、

場所や時期にもよるだろうが全体のなかではワラビは多いわけではなく一部だよね

それにカタクリやイチゲも咲いている。

それを「早蕨の国」とくくってしまうことに工夫であるとしても違和感はあった。

それと、早蕨といえばこういう歌が浮かぶ。

 

石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも

                         /志貴皇子

 

志貴皇子が流れる水のほとりに見出した繊細な早蕨と、

歌会の詠草の「早蕨の国」という早蕨に頼ったような表現が、

どうも私の中ではしっくりしなかった。

それと「春雲」も気になった。

「早蕨」が出てくるのだから「春雲」と言わなくても「雲」で春の雲だと分かる。

それをわざわざ四句で「春雲」にして字余りにする必要があるのか?

「雲」にすれば7音で定形に出来る。

なぜ、そういう批評が出なかったのか分からぬ。

 

もうひとつ気になった歌というか批評。

カーテンの隙間に覗く柿の木が冬日のなかで太くてたくましい、

そんな歌意の歌、これも少し改変している。

この歌の批評、下句で柿の木を「太くてたくましい」としっかり描写しているので、

カーテンの隙間から作者が覗いて柿の木を見ているのだという批評。

で、隙間から覗いているのは、なにかカーテンを開けられない事情があるのだろうと。

そういう批評が繰り返されるので、思わず発言してしまった。

「この歌の表現からカーテンを開けられない事情があるとか、そういうことが

読み取れるのか?

作者が「覗く」と言っているんだから覗くんだろうという意見もあったが、

日本語の「覗く」は覗き見るというような意味ばかりではない。

全体の一部が見える、あらわれる、という意味がある。

辞書を調べれば当たり前に出てくる。

「木と木の間に富士山が覗く」「雲間から月が覗く」。

いずれも「木と木の間に富士山が部分的に見える」「雲の間から月があらわれる」、

そういう意味である。

カーテンの隙間から見える柿の木を詠った歌と読めば自然に読めるものを、

なんで、カーテンを開けられない事情があるのだとか、そういう読みになるのか?

下句の描写がそういう読みを誘うのかもしれないが、

それは上句と下句のアンバランスの問題であり、

歌会ではそういう部分が指摘されるべきなのではないか?

「覗く」という日本語のひとつの意味だけに執着して歌を解釈しようとするから、

訳の分からない深読みに流れていくのではないか?

その辺が気になった。

そんなこんなで32首の歌を批評して歌会は終わった。

ま、いずれにしろ歌会に出ていないと自分の批評の質が落ちているのははっきり

感じるところで、それはひいては自分の歌にも影響するはずであり、

ひさしぶりの歌会はいい刺激になった。

今年はやはりもう少し歌会に出ようと心に決めて、

歌会のあとの軽い一杯を飲んで家に帰った。


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  歌会風景


誤植

空に飛鳥地に走獣なきその果てのサマルカンドをべたべたと行く

 

結社誌の今月号に載った自分の歌。

なんとなく違和感があった。

で、よく見たら結句がおかしい。

「べたべた(betabeta)と行く」となっているが元の歌は

「ぺたぺた(petapeta)と行く」である。

つまり誤植。

 

空に飛鳥地に走獣なきその果てのサマルカンドをぺたぺたと行く

 

こちらが正しい。

仏典を求めて西域をインドまで旅した仏僧といえば西遊記の玄奘三蔵が有名だが、

玄奘よりさらに200年以上前の5世紀初め、タクラマカン砂漠を越えて命がけで

インドに旅した僧が法顕である。彼はインドで10数年を過ごしたのち、

スリランカを経て海路で中国に帰った。

日本では最大の古墳を残した仁徳天皇の時代である。

彼の旅は「仏国記」に記されている。

法顕は前人未踏の砂漠に足を踏み入れたわけではなく、

古代からの交易ルートに乗ってタクラマカンを越えていったわけだが、

「上に飛ぶ鳥なく下に走獣なし、死者の枯骨をもって道標となす」という描写が、

その厳しさを伝えている。

法顕も三蔵法師もサマルカンドを訪ねているが、

そういう命懸けで仏典を求めた旅の途上だった。

21世紀の人間は飛行機と鉄道で苦も無くサマルカンドを訪ねることが出来るわけで、

彼らが歩いた悠久の歴史のある土地をサンダルを履いてぺたぺたと歩いている

自分を詠ったのだが、

「べたべた(betabeta)と行く」というのはまさか、選者の推敲じゃないよな

やはり誤植なんだよね…(^^;

結社誌に出した歌に誤植があった場合、

連絡すれば誤植である旨そのあとの号に掲載してくれるのだが、

別にわざわざそんなことしなくてもよかろう。

べたべた(betabeta)とサマルカンドを歩いている自分を

とりあえず想像してみようか…(^^;;

 

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 よせばいいのにまたボトルを入れてしまった...(^^;;;
 

歌会

ひさしぶりに横浜歌会に行ってきた。

いろいろ忙しくて歌会に行けなくなってしまい、

今年はこれで3回目の歌会出席。

横浜歌会は確か去年の6月くらいに出ているから1年以上のご無沙汰である。

ひさしぶりに行ってみたら、知らない人が多くなっていた。

特に若い人が来ているのが嬉しい。

年寄りばかり集まって、年の功で31文字の並べ方だけ上手くなっても

しょうがないのである。

若い人の感性に触れ、刺激を受けることは大切である。

で、例によって気になった歌。

誌面発表前なのでここには出せないが、

目を合わせないでいる足元に広がる落ち葉はみんな仰向けだから

歌意としてはそんなところか、

そのまま出せないので省略したり少し変えて書かざるをえず、

これでは分からないと思うのだがやむを得ない…(^^;

「目を合わせないでいる」という上句から繋がって

「落ち葉はみんな仰向けだ」という表現。

落ち葉が仰向けかうつ伏せかという理屈はどうでもいいわけで、

作者は「落ち葉はみんな仰向けだ」と感じたわけである。

それはそれでいい。

仰向け、つまり上を向いているということは、

作者は一枚一枚の落ち葉に目を感じているのであろう。

足元に広がる落ち葉に目がありそれがすべて自分を見ている。

なんとも言えないシュールな感覚である。

面白い感覚、面白い把握だな、と思った。

しかし、そう思いつつ引っ掛かった。

作者のなかで自己完結していないか

「目を合わせないでいる」という上句の作者の行為を

「落ち葉は仰向けだから」という下句で説明しているような構造上の問題も

ある気はするが、それ以上に、自己の行為、その背景、心象、なんというのか、

そういうものが作者のなかですべて完結してしまっているような

そういう完結しているものを出されたとき、

読者はそれになにか響くものを感じることが出来るのだろうか。

出来る人はいるだろう。

同じような感性を持った人、同じような経験をしている人、

つまり、なにかしらの共通項のある人は共感するかもしれない。

しかし、そうでない読者には響くのだろうか。

作者のなかで自己完結した歌を読んだとき、

上手い歌だな、とか、面白い表現だな、ということは思っても、

心の琴線に触れてくるような感動は受けるだろうか、

作者のなかで自己完結した歌は読者がその歌の中に入っていく余地がないような、

そんな気がしたのである。

もちろん、短歌は普遍的に人の心に響くものである必要はない。

なにかしら吐き出さないではいられないものを抱えたとき、

人はそれを表出するのである。そして表出することで人は救われる。

文学も絵画も音楽もすべてそういうものである。

その表出が自己完結の形のものであれ表出することでその人が救われるなら、

とやかく言うことはないわけで、そういう短歌があっても別に構わないのだが、

しかし、極端に言えば、そういう自己完結の歌であるなら読者を必要としないわけである。

共通項を持った人の間では響いてくるのかもしれないが、

そうでない人にはどうなのだろう。

読者を必要としない文芸というのは長く支持されるのだろうか。

そんな気がする。

歌会の出席者は19人、38首の歌を4時間で批評して歌会は終わった。

そのあと久しぶりに歌仲間と軽く飲んで帰った。

やはり歌会に出ていないと鈍る。

今回も、他の人の批評を聞いて、ああ、この歌はこういう歌だったのかと気付く

ことがあり、読む力落ちてるよなと思った。

来年はせめてふた月に一回は歌会に出られるようにしたいと思っている。


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  歌会風景
 

 

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