短歌結社の全国大会、一般公開のプログラムだけ参加して、
翌日は松江を歩く。
泊まったホテルから松江城の堀沿いに歩いて武家屋敷のあったあたりを歩いていくと、
小泉八雲記念館がある。
小泉八雲は明治の時代、ついこの前まで国を閉ざしていた極東の国にやってきて、
英語教師をし、大学で教え、多くの著作を残した。
彼が『怪談』を書かなかったら、我々は子供のとき、どういう形で
「耳なし芳一」や「雪女」の話を聞いたのだろう。
記念館の隣りが小泉八雲が住んだ旧宅。小さいながら綺麗な庭のある旧武家屋敷である。
小泉八雲記念館 武家屋敷の並びにある
小泉八雲の旧居
小さいながら感じの良い庭がある
このあと一日遅れで島根に来た息子と松江城で合流し、
尼子氏の拠点だった月山冨田城を見て三朝温泉で泊まった。
ちなみに三朝温泉は今回泊まった温泉のなかで一番良かった。
松江城
昼飯は出雲蕎麦
尼子氏の拠点だった月山富田城
上に登るとこんな感じ 山中鹿之助はここからの風景を見たのであろう
翌日は鳥取に行き、そこから岡山に入り、5世紀初めの頃の吉備の国の王墓なのであろう
巨大古墳の造山古墳を見に行った。
鳥取城の石垣、日本でここだけの丸い石垣がある。
ちなみにこれは下の石垣の上に石垣を増築したら構造上無理があったらしく、
ここの部分がせり出してきたのでそれを修理補強して丸くなったらしい。
鳥取のすなば珈琲 鳥取砂丘の砂を使って焙煎する砂焼き珈琲なんだそうで、
美味しかった。以前、鳥取の知事が「鳥取にはスタバはないが日本一の砂場がある」と
ギャグを言ったのをもらって鳥取の御当地珈琲チェーン「すなば珈琲」が出来たらしい。
造山古墳 ビジターセンターからの写真。正面が後円部分、前方部分は左。
雨が降っていたので古墳には登らなかった。
吉備の国の王墓なのであろう、というのは、被葬者について記録がなにも残っていない
のである。宮内庁の陵墓にも指定されていないので、天皇家と関わりのあるものとは
認識されていないのであろう。しかしながらヤマトの天皇の陵墓に匹敵する巨大古墳、
日本で4番目に大きい古墳である。
それが記録が残っていないというのは、
ヤマトと吉備の間でかなりの戦いがあったのかもしれない。
実際、日本書紀には吉備の乱が記録されている。
夕方、台風が近づいていたが無事に飛行機は飛んで、岡山空港から羽田に戻った。


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