サマルカンド3日目、日帰りで隣国のタジキスタンに行ってきた。

現地ツアーを使って車で国境へ、ここで荷物検査、出国審査、入国審査とやって、

歩いて国境を越える。

タジキスタン側に入ると客引きが沢山いて声をかけてくるが、

なんとか現地ツアーのタジキスタン側のドライバーと会えて車に乗る。

タジキスタンといえばパミール高原が浮かぶが日帰りでは行けないので、

近場の通称セブンレイクといわれるファン山脈の渓谷に向かう。

ウズヘキスタンはどこまでも茶色い大地が広がる平野の多い国だが、

隣りのタジキスタンは平野は国土の7%、あとの93%は山である。

車は古代都市のあったパンジケントを抜けて山の方に向かってゆき、

やがて道は禿山に囲まれた渓谷にはいってゆく。

ここから南に200k行けばアフガニスタンである。

テレビの映像に出てきたムジャヒディンが潜んでいる荒々しい岩だらけの大地、

まさにそれと同じ風景が広がっている。

かなり走って最初の湖が出てきた。ここで標高1500m

一番上の七つ目の湖は標高2400mであるらしい。

ひとつひとつの湖は決して大きくはない。

禿山の荒々しい渓谷に湖がつらなっている。

途中の道はかなりダートで対向車来たらどうするんだ? 落ちたらイチコロだ、という感じ

のところもあるが、一昨年行ったヒマラヤのそれと比べれば安心して走れる道である。

一番上の標高2400mの湖でしばらくのんびりする。

見ていると湖面の感じが向こうからまるで生き物のように変わってくる。

たぶん風で湖面の感じが変わるのであろう。なんともいえない感じだ。

しばらくぼっーと湖を眺め、下にくだって途中の湖のほとりにあった建物で昼食を摂る。


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 岩だらけの渓谷を走る
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 最初の湖
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 この車で走った
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 何番目の湖だったか?
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  四番目か五番目か? の湖
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  一番上の湖
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 下に降りる途中、途中には道沿いに小さな集落もある。
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 途中の湖のほとりで昼食。食べているのはポロフ。ピラフの原型になった料理。
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 山羊がいたので写真を撮った。拡大して探すとどこかに山羊がいる。

そのあと渓谷から平野に戻り古代都市ペンジケントの遺跡を見に行く。

かつて繁栄したシルクロードの古代都市。

ソグド人が築いた都市で5世紀には歴史にあらわれる。

しかし、8世紀の末、この都市は放棄される。

進出してきたアラブの圧力で街は放棄されたらしい。

ペンジケントもサマルカンドの旧都城も丘の上である。

防衛上は丘の上の方が有利かもしれないが、水源を絶たれれば終わりである。

古代都市ペンジケントもそうやって放棄されたのかもしれない。

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 ペンジケントの遺跡 このままではたまに降る雨で消えるだろう。
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 建物らしく見えるのは復元されたもの。

最後にサラズム遺跡。

20世紀になってから発見された遺跡で5000年前に溯る遺跡。世界遺産である。

メソポタミアやエジプトの文明と同時期に、

中央アジアのステップに古代都市が生まれていた。

農耕と交易、鉱業生産の拠点でもあったらしい。

遺跡からは身長170㎝の女性の骨が出ている。

きらびやかな装飾を纏い殉葬者とともに葬られたその骨は、

遺跡址の博物館に展示されていて、サラズムの王女、と名付けられているらしい。

博物館にはその復元像もある。

タジキスタンは世界最貧国のひとつである。

遺跡保存の予算も少ないのだろう。ペンジケントの遺跡も風化してゆくままである。

それと比べればホラズムの遺跡はまだ保存されている方なのかもしれないが、

5000年前、このステップにどういう古代都市がありどういう生活があったのか、

荒野で思いを馳せるしかない。


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 サラズム遺跡の入り口
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 ペンジケントと違いまがりなりにも屋根で保護されている。
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 サラズムの王女の墓の跡
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 古代都市の跡は荒野があるのみ

夕方、国境に戻り主国審査・入国審査をやって再びウズベキスタンに入る。

サマルカンドに戻り夕食を食べて外に出たら、

レギスタンの前の道路がホコ天になっていて、凄い人出だ。

身動きできないくらいの人出でなんだろうと思ったら、

レギスタンの上でドローンのショーが始まった。

しばらくそれを見てホテルに戻った。

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  凄い人出で、なんだ? なんだ? という感じ
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 ドローンショーが始まった

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   国旗かな
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 玄奘三蔵か?   彼はサマルカンドに来たはず