タシケントから特急で2時間半くらいでサマルカンド。
シルクロードのほぼ真ん中、紀元前10世紀あたりからソグド人の交易都市として
歴史にあらわれる。その後繁栄を続けるがチンギス・ハンのモンゴル軍に徹底的に
破壊された。その後、そのモンゴルの血をひくティムールによって再建される。
タシケント駅では荷物検査とかいろいろあって面倒とネットには書いてあったので
早めに駅に行ったのだが、荷物検査も簡単で列車に乗るときも駅員はたいして切符の
確認していないみたいで、いたってスムーズだった。
時間通りに出発し、どこまでも広い茶色い平らな土地を延々と走ってゆく。
時々、地平線の向こうの空が茶色く見えるのは砂漠の砂嵐だろうか。
かつてこの茶色い平野を隊商が行き来していたのである。
サマルカンドが近づくあたりから地面に起伏が見えてくるが、
サマルカンド駅に着き、タクシーを探すが、
例によって客引きのドライバーが、〇〇と〇〇を案内するとか言ってくる。
案内などいらないのである。レギスタン広場に行けばホテルまで歩いていけるから
それだけでいいのだが、かなりしつこい。
レギスタンに行くだけでいいと大きな声で言ったら「10ドル」だと言う。
かなり高いと思ったので「2ドル」と答えると、相手は「8ドル」と言ってきた。
それだけならまだしも、案内するからどうのこうのといつまでもしつこい。
いい加減頭にきて「もういい、うるせんだよ!」と日本語で怒鳴って歩き始めるが
追っかけてくる。すったもんだの末にレギスタン広場まで4ドル。
もっとも最後まで5ドルと言い張ってはいたが(^^:
つまり、ぼったくりタクシーも怒鳴りつければ4ドルくらいでレギスタンまで行く。
ちなみにこれを読んで、同じことやって失敗した人がいても責任はとらない(^^;;
サマルカンド駅
ちなみにこれがタシケント-サマルカンド間の特急アフラシャブ号
これは帰りのタシケント駅で撮ったもの。ちなみに駅や空港は撮影禁止。
でもみんな撮ってたよな...。
とりあえず昼飯を食べてからレギスタン広場に入る。
広場の向こうに三つのマドラサが建っていて、
有料で入るところとの境に柵があり、その前まで金を払わなくても入れる。
とりあえず広場の一角に座り込んでレギスタンを眺める。
えらく遠いところまで来たな…そんな気がした。
実際はアフリカとか南米とかもっと遠いところにも行っているのだが、
中央アジアは初めてだったのでそんなふうに感じたのだろうか。
そのあと、入場料を払ってなかに入り、美しいイスラム建築を眺める。
かつてマドラサ(イスラムの神学校)だった建物も内側に入ると小さな部屋の
ひとつひとつが土産物屋になっている。たまに「コンニチワ」と日本語で
話しかけてくる店員もいる。ひととおり眺めて広場から歩いてゆけるところにある
ホテルにチェックインし、しばらく休憩してからグル・アミール廟に行く。
レギスタン広場



イスラムらしいタイルの装飾に覆われている。
ウルグ・ベク・マドラサの内側
ウルグ・ヘク・マドラサの内側を反対方向から
ティラ・コリ・マドラサの入り口
すべての区画が土産物屋になっているわけではなく、祈りの場もある。
グル・アミール。チンギス・ハンによって破壊されたサマルカンドを再建し、
既に滅びていたモンゴル帝国の西半分を再統一したティムールの墓がここにある。
霊廟のなかに入ると石の棺のようなものがいくつも並んでいる。
そのなかにひとつだけ黒いものがあるのだが、それがティムールの墓標で、
実際に埋葬されているのはその地下3mあたりらしい。
周囲の壁はイスラムらしい装飾に覆われていて綺麗である。
ティムールは明への遠征の途中で病死してここに葬られた。
彼がモンゴル帝国の再統一を夢見ていたのかどうかは知らないが、
明の永楽帝はティムールの帝国と戦わずに済んだ。運が良かったのかもしれない。
夕方、風に吹かれてレギスタン広場に座ってボッーとしていたら、
日が暮れてからライトアップが始まった。
暗闇に浮かび上がったマドラサは次々と色が変わり綺麗だ。
終わるまでボッーと座っていた。
グル・アミール廟の入り口
グル・アミール廟
霊廟のなか。中央の黒い墓標の下にティムールの墓がある。
装飾が美しい
レギスタン広場のライトアップ




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