東京での歌会のついでに午前中、マグリット展へ。

ルネ・マグリット。

言わずと知れたシュールレアリズムの代表的な画家。

地下鉄の乃木坂の駅から国立新美術館は直通で行けるので便利である。

日曜なのでやはりそれなりに混んでいる。

午後から歌会なのでそうゆっくりも出来ず、混んでいる人の間から

絵を見るような感じで会場を歩く。

マグリットが活躍したのは、日本でいえば昭和の前半から戦後にかけてだが、

今見ても充分に新しい感じの絵である。

抽象化された女性の絵とか、不思議な影のような人の姿が立っている絵、

布で顔を包んで抱き合う男女、あるいは不思議な雰囲気の漂う風景。

マグリットは自分の絵のことを「目に見える思考」と言ったらしいが、

なんとなくそれが分かる気がした。

絵を見ていた若いアベックが「無機質な絵だね」と言っていたが、

無機質というのとは少し違うのではなかろうか。

なんというか、マグリットの絵は背後に人間を感じる。

念の為に言えば、人間の暖かさとか、そういう陽のものではない。

過去の記憶、トラウマ、なにかそういう陰のもの。

マグリットの絵には、布で顔を包んだ人の絵が幾つかあるが、

これは自殺した母親が発見されたとき、顔が布で包まれていたことと関係あるらしい。

空や海を描いても、なにかマグリットの絵には不穏さが漂う。

あるいは彼の生きた時代も関係あるのだろうか。

第一次大戦が終わったあとのヨーロッパ。

従来の戦争とは異なり、近代戦がもたらした死は、ひとつの世代が消滅するほどの

厖大なものだった。それまであった世界は崩れ、戦争が終わっても社会不安は増大し、

革命や国家主義があちこちで蠢いていた。

マグリットの絵は彼の個人的体験はもとより、そういう時代背景とも無縁では

なかったのかもしれない。

第二次大戦が終わり、ようやくヨーロッパに平和が訪れてからの絵も、

やはり不思議さに満ちている。

「ゴルコンダ」の街に浮かぶコートを着た男達の絵はなんだろう?

すべてが石化したような世界の墓標のようなROSEAU(葦)の字、それはなぜ

「青春の泉」なのか?

「大家族」の空に浮かぶ巨大な鳥の絵はなぜあんなに暗い空を背景にしているのか?

マグリットの「目に見える思考」と向き合う濃い時間だった。

見応えのある展覧会。

6月29日まで国立新美術館で開催している。

 image
   大家族