2026年04月

歌会

一年振りに福島の歌会に行ってきた。

花咲か爺ではないが、桜が咲く季節になると福島に行く。

歌会のついでに桜を見に行くのである。

というか、桜のついでに歌会かな

ま、そんなこと言うと福島の歌会の人に怒られるので、

あくまでも建前は歌会のついでに桜である(^^;

横浜を6時過ぎに出てシビックで東北道すっ飛ばして福島についたのが10時半。

桜の季節ということだろうか、東北道が割と車走っていて時間かかった。

福島駅の駅ビルで土産を買って横浜に送り、昼飯を食べて午後1時に会場へ。


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 福島駅前、「ミニ花見山」の展示、桜が咲いている

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 歌会前の昼食、禊の酒を一杯ひっかけて戦闘モードに切り替えて歌会へ行く


出席者は8人。今回は連作の歌会。15首くらいの連作を出しての歌会なので、

8人でも40首くらいあるわけで、時間を考えながらの歌会になった。

いずれの作品もなかなか面白くて、いい歌会だったのだが、

結社の選者でもある梶原さい子の連作が良かった。

短歌の批評は、その歌の良いところあるいは歌の問題点を理由を示して分析し、

それを言語化して、その歌の鑑賞を他者と共有、あるいは議論できるように

することである気がするのだが、

現実の歌会ではえてして、理由を示したくてもそれをうまく言語化できないことが

ままあるわけである。

例えば、梶原さい子の連作のなかの一首、

風の日の・・・道を急ぎつつ・・・春に研がれている

というような歌について(発表前なので一部変えて、一部・・・にしている)

三句の「急ぎつつ」が気になると発言したのだが、

「自分がこの歌を作ったとしたら、この言葉が最後まで気になる気がする」という

理由にならないような理由を言っていた、というか、気になる理由をうまく言語化

できないでいるのである。

で、歌会が終わってあらためて読み直してみると、

この歌に続く連作の最後の歌にも「風」が出てくるのだが、

この連作のなかで問題の歌の初句の「風」は無視できない言葉であり、

一方、三句の「急ぎつつ」は「春に研がれている」につながりやすく、

むしろ、連作のなかで大切な「風」を微妙に邪魔しないだろうか。

「急ぎつつ」「春に研がれている」のではなく。

「風の日の」「春に研がれている」のではないのだろうか。

もちろん、これは私が感じたことであり、

梶原さい子の表現しようとしたこととは違うかもしれない。

そういうところの意見を戦わせるのが歌会だと思うのだが、

自分に力が足らず、言語化できないまま意見を戦わすことが出来なかったのは残念だった。

それにしても今回の梶原さい子の連作は歌会のなかで1ランク上という感じだった。

さらなる彼女の活躍を期待している。

歌会のあとは懇親会、

そのあとは飯坂線で飯坂温泉へ。先に飯坂に行っていた息子と合流し夜の飯坂で再び一杯。


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 歌会風景

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 夜の飯坂温泉


翌日は東北道沿いに、二本松城、白河小峰城の桜を見て横浜に帰った。

去年は三春の滝桜を見に行ったが、今回は息子の百名城めぐりに付き合うついでの

桜になった。


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 二本松城と桜

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 白河小峰城と桜

京都 桜

桜が見たくて京都に行ってきた。

今年は桜が咲いてから雨が多いのだが、

新幹線で京都駅に着いたら残念ながらやはり小雨。

近鉄に乗り東寺へ。

教王護国寺とも呼ばれる平安京が作られた頃からの古い寺である。

ここの五重塔と桜との取り合わせが良い。

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   東寺の五重塔

そのあと北上して梅小路のあたりを歩き京都駅に戻り清水へ。

清水坂を登ってゆくのだが、こちらはやはり海外からの観光客が多くて、

着物姿で歩いているのはほぼ外国人。

それにしても着物にスニーカーや革靴はやはり違和感がある。

レンタル屋も草履くらい貸してやればよさそうなもんである。

清水寺の桜、小雨のなかでもやはり綺麗だ。

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 清水寺


清水から三年坂を通って祇園、烏丸まで歩いて今日の泊まりのホテルへ。

しばらく休んで夕方、食事に出かける。

木屋町の高瀬川沿いの夜桜を眺めつつ歩くのだが、

大声で話す中国人観光客がいないのは習近平君が頑張ってくれているからなのだろう、

夜桜が静かで綺麗だ。

そのあと先斗町で軽く飲んで夕食を食べホテルに帰った。

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 高瀬川の夜桜
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 雨の木屋町通り

翌日、烏丸から祇園、鴨川沿いに下賀茂。

下賀茂神社の近くの本満寺の枝垂れ桜が綺麗だというので行ってみたが、

残念ながら花はもう終わっていた。早咲きなのだろう。

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 本満寺の枝垂れ桜 花が終わっていた

本満寺を出て下賀茂神社を歩き、八坂から円山公園の桜を眺めて知恩院へ。

ここの三門をくぐったところで違和感を感じた。

境内に続く階段の前に金色の大きな輪のオブジェがある。

前はなかった。

なんでも大阪の万博のアイルランド館にあったものを持ってきたとのことで、

人間と自然の関係性とかアイルランドと日本の文化的対話とかいうこと

らしいが、正直言ってよく分からん。

その場所が知恩院である必要があるんだろうか?

ピラミッドにしろケルンの大聖堂にしろ、

その風土に根差した風景なり文化の背景というものがありそうで、

新しいものを頭から否定する気はないが違和感は否めない。

置くべき場所が違う気がする。

そんなことを思いつつ祇園に戻り、昼飯を食べて京都駅へ。

土産と今夜の晩飯の鯖寿司を買い、桜の京都をあとにして横浜に帰った。

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 知恩院 三門
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 三門をくぐったところの金の輪のオブジェ
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  さくらばな陽に泡立つを目守りゐるこの冥き遊星に人とうまれて
                             /山中千恵子

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