確定申告が終わり、ちょっと一息ついた。
毎年のことだが紺屋の白袴で、確定申告最終日は自分の申告をひたすらやっていた。
確定申告が始まる前に自分の申告を済ませてしまえばいいわけで、
それは分かっているのだが、忙しい1月が終わったあとでいろいろやっていると、
雪崩れ込むように確定申告に入ってしまうので、そんな感じになっている。
来年は変えていきたいと思っている。
ところで、年に一回、確定申告だけ頼まれているご婦人から宅配便が送られてきた。
確定申告の礼と一緒に歌集が入っていた。
歌集『ゆふすげ』。
作者は美智子。
名前だけで書くと不遜のようだが、美智子上皇后である。
美智子上皇后に限らず皇室の人は短歌をたしなんでいて、
正月の歌会始めは毎年ニュースにもなる。
美智子上皇后は永田和宏や河野裕子の歌の指導を受けていたようで、
河野裕子が亡くなったあとの送る会では、
美智子上皇后が河野裕子を偲んで詠った歌が披露されていた。
皇室の人の歌集であれば通常、作者名は皇后陛下御歌集とか上皇后陛下御歌集とか
書かれるのだろうが、永田和宏の勧めで肩書ではなく本人の名前が著者名として
記されている。この辺について永田和宏は後書きにこう書いている。
『著者としての美智子さまのお名前を記すことを、強くお勧めいたしました。
「美智子」という名を持った一人の歌人の歌として、皇太子妃、皇后、上皇后などと
いったバイアスをかけずに、読者の目に届いて欲しいとの願いからです』
うむ、納得。
万葉集は名もない防人の歌も載せている。
天皇の歌だから、皇后の歌だから、名もない人の歌だから、
そんなことは歌の評価には関係ないことで、
歌をそのまま読み、感じとり、詠んだ人に思いを馳せたい。
名前の「美智子」だけで良かったのではなかろうか。
ちなみに庶民には姓があるが天皇家には姓がないので、
「美智子」だけが著者名になるわけである。
スメラミコトの時代、姓というのは天皇が家臣に権威付けとして与えるもので
あったわけで、天皇家には姓がないわけである。
まだ頂いたばかりなのですべては読んでいないのだが、
こんな歌が目にとまった。
夕暮れに浅間黄すげの群れ咲きてかの山すその避暑地思ほゆ
海ちかく魂やすらげる島人の墓標にゆれて緑なるかげ
をとめ座のスピカまたたく春の夜遠きイラクに空爆つづく
手慣れたといえば手慣れた詠みぶりではあるが、静かに叙情が伝わってくる。
天皇とともに沖縄などの太平洋戦争のあとも訪ねていて、
二首目は沖縄の歌である。
こういう歌もあった。
帰り得ぬ故郷を持つ人らありて何もて復興と云ふやを知らず
東日本大震災の歌だろう。あるいは福島の原発かもしれない。
復興ということがテレビや新聞では流れてくるが、故郷に帰れない人達がいる、
そういう人達に思いを馳せている美智子というひとりの歌人がいる。
あるいは上皇后としては、「それで復興と言えるのですか? 言うのですか?」
ということは決して言えないものなのかもしれない。
しかし、美智子という一人の歌人としてなら詠える。
歌集を送って頂いた方に礼を言わなければならない。
歌集ありがとうございます。







