2024年09月

岡部史歌集『海の琥珀』

あと少し飛べば百万年前の空 かのメデューサに魅入られた身は

                           / 『海の琥珀』岡部史

 

岡部史の歌集『海の琥珀』のなかの一首。

この一首だけではわかりにくいかもしれない。この歌のある一連の最初の歌は、

 

凍てつく夜プロシアの沖に流れ着き琥珀はうすく潮の息吐く

 

北海沿岸に打ち寄せる琥珀は古代のバルト海沿岸に繁茂していた針葉樹の樹液が

固化したものである。

そのなかには虫が閉じ込められていることがある。

樹液に捉えられて動けなくなった虫は数万年の時を経て虫入りの琥珀になった。

あと少し飛べば百万年前の空を飛んだはず。

しかしその虫は樹液に捉えられた。

目の合ったものを石に変えるというギリシア神話のメデューサ。

そのメデューサに魅入られたように虫は琥珀になった。

この歌が琥珀の歌の一連のなかの一首ということを知らなくても、

なにがしかの鑑賞はできる気がする。

ちなみに、この『海の琥珀』の一連を読んだとき思い出したのは、

しばらく前に読んだバリー・カンリフの『ギリシャ人ピュテアスの大航海』。

2300年前、ブリテン島がローマ帝国に組み入れられるより数百年前、

琥珀のもたらされる北の海を旅したギリシャ人の物語である。

ローマ帝国による支配がまだ成立していない地域だったが、

野蛮がすべてを支配していたわけではない。

交易ルートが存在し、その交易をなりわいとする人たちが既に存在していた。

ピュテアスはその交易ルートを使って未知の北の世界を旅した。

未知の世界を旅した冒険者。

その遥かな北の世界から琥珀はもたらされた。

その世界を詠った歌に出会ったのは新鮮な驚きだった。


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   射場の彼岸花が咲いた
 

 

質問応答記録書

何年か前の税務調査。

取引先の担当者に配った御礼が問題になった。

仕事を受けたときや受けた仕事が終わったときに御礼を配っていた

わけだが、会社の方は配った先をすべて記録していた。

だから、調査でも一件一件の明細を出すことが出来たわけだが、

調べにきた若い調査官は反面調査をすると言う。

相手方にほんとに受け取っているかどうかを確認するわけだが、

それなら取引先の会社の方に分からないように調べてくれと会社の方は頼むわけである。

御礼を受け取っているのは担当者個人。

担当者は大抵、そういう金品を受け取ったということを会社には言わないので、

会社に知れると担当者は場合によっては首になったりするわけである。

しかし、調査官は会社に聞くと言う。

業務によるものだから会社に帰属するべきものかもしれず、

会社に聞かなければならない、と。

会社に聞かれて困るのなら否認する、重加算税の対象だ、と言い出した。

重加算税が課税されるのは仮装・隠蔽があった場合だが、そのいずれにも該当しない

のではないかなと思いつつ、話を聞いていたらくだんの若い調査官、

「ほんとは全部社長がポケットに入れて、配ってなんていないんでしょ。

そういうことにしてくれれば他のところは調べないから。そうでないと言うんなら、

徹底的に調べちゃおうかな~」となにやらチャラい感じで言いながら、

質問応答記録書を書き始めた。

質問応答記録書というのは、税務調査で調査官がこういう質問をし、納税者がこう答えた

ということを記録するものだが、重加算税をかけるような場合に作成される。

正直、私は今まで調査で作成されたことがない。

それに文書の性格からして調査が終わるときに作成するのが普通だろうと思うわけで、

いきなり書き出すというのは珍しいのではなかろうか。

そもそも自分の想像で頭から決めつけているわけで、

徹底的に調べたいなら調べればいいんじゃないかなと思いつつ黙って見ていたら、

「私は税金を払いたくなかったので取引先に御礼を配ったように経理しましたが、

実際は全部自分で使いました」という趣旨のことを書いた。

それも鉛筆で。

もちろん社長も会社の人間も誰もそんな話をしていない。

とりあえずその場はもう時間がないからとお引き取り頂いた。

後日、その若い調査官と上席がふたりで事務所に訪ねてきた。

上席が言うには、やはり取引先の担当者に配った御礼の金品は否認されるべきで

重加算税対象だと言う。

ふたりと向かい合って座り、上席に聞いた。

「あの質問応答記録書はどうしたんですか?

「あれは無しです。いくらなんでも鉛筆書きの質問応答記録書なんてまずいと

いうことで既に破棄しています」

「そうですか、それでは質問応答記録書を作り直していただけませんか?

「は?

「誰も話していない虚偽の話を作り上げ、それで納税者に課税を強いようとした。

質問応答記録書は公文書ですよね。今回の調査でどういうことがおこなれようとしたか、

公文書で記録に残して頂きたい・・・」

「えっ!?  えっえっ!!

話の途中からくだんの若い調査官が叫びだした。

で、続けて思いもよらないことを大きな声で言い出した。

「私は脅されたんだ!  脅迫されたんです!  社長に〇×▽〇▽と言われました!

先生にも言われたっー!

〇×▽〇▽の部分はかなりやばい言葉である。

ほんとに言ったのなら犯罪ものの言葉だが、

社長は一言も言っていないし、まして私が言うはずもない。

人が言ってもいないことを大声でこう言われたなどと怒鳴るのは

立派に刑事罰の対象だろう。

「おいっ! これはどういうことだっ!」

私の怒鳴り声に上席が反応してそれで調査は終わった。

否認されることも重加算税などかけられることもなく。

なんで今頃こんなことを書いているのかというと、

何年か前のその調査に限らず、最近の若い調査官に危ういものを感じるのである。

納税者の権利を軽視しているような

最近の若い人は学校で権利について学び、そういうことには敏感だろうと思って

いたのだが、自分の権利には敏感だが他者の権利にはそれほど敏感ではない、

そういう人が多いのかもしれない。

しかも、マニュアル優先で柔軟性がない。

他者の権利には敏感でないから強引なことも平気でやる。

というか、本人は強引だということにも気づいていないのかもしれない。

で、他者に対して敏感でないために相手を怒らせるということに鈍感である。

何年か前のあの若い調査官はそういう部分を突かれパニックになったのだろう。

そういう人間たちが増えるとどうなるのか、

税務行政の未来にちょっと危ういものを最近感じている。


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  アーチェリーのクラブで毎月やっている射会で優勝。
 ハンデに助けられての優勝だが、賞品の商品券5000円をゲットした(^^

恐山

少し遅い夏休みで東北に行ってきた。

八甲田山に登るつもりで酸ヶ湯に泊まったのだが、

出発前日になって、八甲田山は6月に山菜採りの人が熊に襲われて以来、入山禁止に

なっていることに気付いた。

もっと早く気付けという話ではある(^^;

そういうわけで八甲田山には登れないので、とりあえず岩木山に登ることにしたのだが、

酸ヶ湯で飲んでいるうちに、岩木山より恐山に行ってみたいということになった。

恐山、日本三大霊場のひとつでイタコが死者の口寄せをするという。

ということで下北半島目指してひたすら走る。

北の大地は走っていて空が広い。

途中、今日登るつもりだった岩木山が見える。

以前行ったとき、麓のリンゴ畑の広がりが爽やかだった。


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  酸ヶ湯

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  岩木山

ちなみに恐山という山があるわけではなく、宇曽利湖のほとりの火山性の荒れた土地が

恐山という聖地になっている。

下北半島の平らな土地をひたすら走り、

やがて恐山へと登り、そのうち道が下り道に変る。

外輪山を越えてカルデラの内側に入ったということが分かる。

そのまま走ると恐山に着く。

荒涼とした地に寺があるという感じで、京都や奈良の寺とはちょっと雰囲気が違う。

総門をくぐると向こうに山門とその脇に赤い本堂が見える。

なぜか本堂は脇にあるのである。

山門をくぐると地蔵堂があり、その左側には火山性の荒涼とした地が広がっている。

地蔵堂への参道の両側には湯屋があり参拝者は自由に温泉に入ることが出来る。

硫黄の匂いの強い濁り湯である。


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  恐山 総門

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  総門をくぐると向こうに山門、横の赤い建物が本堂

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  山門

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  山門をくぐると地蔵堂とその左の荒涼とした広がりが見えてくる。
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  境内の湯屋、こちらは男風呂


地蔵堂から岩のごつごつとした荒涼とした地に入ってゆく。

ところどころから火山性のガスが噴き出していて、

小石が積まれ、風車があちこちの石の間にさしてある。

見ると子供向けの小さな玩具とかも石の間に置かれている。

昔、この地を訪れた人は荒涼とした風景のなかで火山性のガスを吸い、

幻覚を見たかもしれない。

そしてそこは死者を思う地になった。

歩いていくと向こうに宇曽利湖が見えてくる。

恐山は死火山ではない。宇曽利湖は生きている火山のカルデラ湖である。

周囲に人の営みはなく、酸性の強い水が不思議な美しさで広がっている。

川が流れこんでいるが、その川も火山の硫黄がびっしり堆積した川である。

生者を拒むような静謐で美しい湖のほとりを歩いていて、ふと思った。

死んだら、この湖のほとりに骨を捨ててもらえればいい。

いずれ骨は風に飛ばされるか酸性の湖に溶けて消えるかするだろう。

狭い墓になどいれられたくない、最後はそんなふうに消えるのがいい。

そんな気がした。

荒涼とした地を歩き、再び海沿いを走り八甲田に戻った。


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  荒涼とした地に石が積まれ、ところどころに地蔵がある
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  こんな荒涼とした広がり
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  太子堂 風車がたくさんあった

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  賽の河原から宇曽利湖

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  宇曽利湖

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  砂浜に風車が差してあった

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  硫黄の川が流れこんでいる

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