2019年01月

畦ケ丸

冬山気分を味わいたくて丹沢へ。

檜洞のあたり丹沢では一番積雪が多く、

雪が多い年はこれが丹沢? と思うくらいしっかり雪山の雰囲気になるのだが、

今年はかなり雪が少ない。

というか、雪がない(^^;

西丹沢のビジターセンターまでの道路、冬は日陰に雪が消え残っていたりするものだが、

今年はまったくなし。

で、檜洞丸に登るつもりで出かけたのだが、

これは上に行っても雪がないなということで、

しばらく登っていない畦ケ丸に登ることにする。

畦ケ丸。中川川を挟んで檜洞丸とは対岸にある山。

下棚沢とか、マスキ嵐沢とか、登って面白い沢が突き上げている山である。

ビジターセンターから橋を渡り西沢沿いの登山道を登る。

天気が良くてなにか晩秋の山を歩いているような気分。

DSC_1130
  沢沿いの道
DSC_1129
  ミツマタ

沢沿いから尾根の斜面を登って善六のタワまで一時間半くらい。

タワというのは山の鞍部のことで地形的にちょうど風の通り道になる。

雪はないがそれでも冬の山である。

冷たい風が吹き抜けていて善六のタワから稜線を頂上に向かって歩くのだが、

風に叩かれて手がかじかむ。

稜線の左右は冬枯れの山。

左右の谷の斜面のところどころにうっすらと雪が消え残っている。

雪は天然のダムである。

春まで山に水を溜める。

雪が少なくなるということは山が乾くということである。

丹沢のブナは死にかけている。

山に雪が少なくなって丹沢のブナはさらに枯れていくのであろうか。

DSC_1134
  ブナの森

稜線を登っていくと畦ケ丸の頂上。

ここの頂上は木に覆われていて展望はないのだが、

葉の落ちるこの季節だけは木の間に展望が開ける。

静かな頂上である。

頂上を少し通り過ぎた避難小屋で昼食を食べる。

ここの避難小屋には薪ストーブがあり、当日も何人かの登山者が休憩していた。

昼食を終え、やはり風の通り道の善六のタワまでの稜線を下り、

沢沿いの森に入り、途中、雪がちらほらしたがたいした降り方になることもなく下山した。

月に一度くらいはこんな山歩きをして体を絞りたいと思っている。


DSC_1132
  畦ケ丸の山頂 

DSC_1133
  畦ケ丸の山頂より檜洞丸方面

 

歌神降臨せず

昨年は月に一回は歌会に出るようにしていた。

以前はもっと出ていて月に34回ということもあった。

しかし、歌会に出る回数が必ずしも自分の作歌につながっていない気がして、

回数を少なくしたのだった。

で、今年はあるいはさらに少なくなるかもしれない。

実際、今月は歌会に出られそうにない。

忙しいということもあるが、

歌会に出たい、そういう気持ちがいまいち出てこないのも理由のひとつ。

なにかこう、歌会に出ても刺激を覚えない。

歌会に刺激を覚えられなくなった原因はたぶんひとつではなく、

それをいちいちここには書かないが、

自分自身、歌を詠んでいて、

昔と違ってしまっていることは強く感じている。

昔は、七転八倒して歌を作った。

自分の表出したいこと、それをなんとかして短歌にまとめようとして苦しんだ。

夜中、布団の上に転がり歯ぎしりをして苦吟し、

あげくに一首も作れず諦めて寝たこともある。

翌朝、目が覚めたとき、ふっと表現が降りてきた。

昨夜、あんなに苦しんでも作れなかったのに、天から降りてきたように一首が浮かんだ。

歌神が降臨して歌を手渡すというのはこういうことかと思った。

ここ数年そういう経験をしていない。

今、どういう歌の作り方をしているかといえば、

月に一回か二回、半日ほど集中的に短歌を作るのである。

とりあえず結社に毎月の詠草10首を出さなければならない。

ひどい時は月に一度、3時間くらいで10首を作り、それを結社に出すわけである。

歌神降臨せず。

歌神は本当に苦しんだ者のところにしか降臨しないのであろう。

こういう作歌生活がいいとは思っていない。

思っていないが時間に追われれば結局そうなるのである。

だったら海外に行ったり山登ったりアーチェリーしていたりしないで

作歌に専念しろと言われるかもしれないが、

その辺は漂泊の魂魄とどめがたく仕方ないところではある(^^;

歌神降臨、あの不可思議を再び感じたい。

歌会への出席が必ずしもその条件ではない気がするのである。


DSC_1120

  くちなし

七草

七草の名前を言えず拗ねている七日の朝の三十男

                     入谷いずみ『海の人形』

 

新年そうそう忙しくてブログの書き込みも出来なかった。

17日は七草。

正月の御馳走で疲れた胃腸を休ませるために七草粥を食べるというが、

実感としては御馳走疲れというより酒疲れかな(^^;

しかし、昔は意味が違って、中国ではこの日に役人の昇進を決めたそうで、

七種類の野菜の羹を食べて立身出世を願ったらしい。

それが日本に入り若菜摘みの習慣と一緒になって七草粥を食べるようになったとか。

若菜摘みといえば百人一首にこの歌がある

 君がため春の野に出でて若菜摘む我が衣手に雪は降りつつ

                         光孝天皇

 

若菜摘みの最中、名残りの雪がちらほらしたのだろうか、

春らしい清々しい歌である。

さて、「七草の・・・」の歌。

七草粥を前に、七草を数え上げられず拗ねている三十男。

ま、拗ねるかどうかは別にしてフツーにある家庭の風景ではある。

七草を数え上げられる男って近頃珍しいと思う。

健康食オタクとか、野草フェチとか、そういう類の男かもしれぬ(^^;;

せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ。

これが七草。

もちろん私もすらすら言えるわけではなく、ネットで調べた。

ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、このあたりが出てこないかな

特に「ほとけのざ」は紫の花が咲く「ホトケノザ」と混同してしまい、

あれ食えるのか? と思ってしまう。

この歌、「拗ねている七日の朝の三十男」のあたりに若い夫婦の姿が浮かび上がり、

余計な表現のないいい歌である。

もっとも、三十男が拗ねているのか拗ねているふりをしているのかは知らない。

七草を数え上げられなかったくらいで拗ねる三十男って、どういう男だという気もして、

あるいは妻の前で拗ねてみせているのかもしれん。

今日日、男は家庭でも気を使わなければならないのである(^^;;;

七草粥を作る暇もなく年明けそうそう仕事に追われていた男やもめとしては、

どうでもいい風景ではあるが、いい歌はやはりいい。

今年もいい歌に出会いたいと思う。

8525b26864644b6fd2b6ab9306ce0d23_t

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

 

さて、新年。

まずは伊勢山皇大神宮へ初詣。

子供達が小さい頃、初詣はここに行っていた。

神奈川で初詣というと、鶴岡八幡とか寒川神社とか川崎大師とか、その辺がメジャーな

わけだが、どこも混んでいて小さい子供を連れていくのは大変だった。

その点、野毛の伊勢山皇大神宮は大きな神社の割には空いていて良かったのだが、

いつのまにか参拝客が増えて昨年などは桜木町の駅あたりまで行列が続いていた。

そのせいか今年は参道の露店を片側だけにして交通整理したり、社殿の前でも入場を制限

したりしていて、割とスムーズに参拝できた。

あとは時間かな、参拝を終えて帰る昼近くになるとやはり行列が長くなっていた。

DSC_1103
  伊勢山皇大神宮

翌日はアーチェリーの初射ち。

通っている射場、毎年正月2日の初射ちに獅子舞が来る。

地域の保存会がやっている獅子舞で、

獅子舞の獅子に頭を噛んでもらうといいことがあるそうで、

そういうこと信じない方なので今まで噛んでもらったことはないが、

今年は噛んでもらった。

神頼みするつもりはないが、やはりいいことはあった方がいい(^^

そのあとコースを回って初射ち。

今年の正月は天気が良くて気持ちが良かった。

今年も頑張ろうと思う。

DSC_1106
  獅子舞
DSC_1105
  初射ち こんなもんかな(^^

アーカイブ