国税電子申告システムe-Taxで確定申告書を送信しようとしたら送れなかった。
システムの不具合かと思って調べてみたが不具合はなし。
e-Taxのヘルプデスクに電話してみたら、
つながりにくい状況になっているとのこと。
国税さん、やってしまったね(^^;
今までe-Taxでそういうトラブルはなかったのかなと思って調べてみたら、
やはり今月の10日あたり、大量のデータが送られてきてつながりにくくなったらしく、
サイバー攻撃を受けた可能性があるとか書いてあった。
今回の障害がサイバー攻撃だったのか、他の原因かは知らないが、
いずれにせよ、申告期限の日につながらなかったら、
怒号が飛ぶだろうな(^^;;
国税電子申告の利用規約を読む限り、
国税庁は通信回線の障害でシステムが利用できなかったことによる利用者の損害に
ついては責任を負わないことになっている。
ということは、
システムの障害で申告期限に送信できなかった場合、
期限後申告になるということか。
期限内申告が要件である特例が使えず納税者に損害が発生しても、
それは仕方がないと?
障害が確定申告の送信が集中してのシステムダウンだとしたら、
シスタム設計に問題があったということなんじゃないのかね?
その場合でも責任は負わない?
サイバー攻撃だったとして、
それで期限後申告になったのは納税者の責任ではあるまい。
システムに障害が発生して期限内に申告できなかった場合、
なんらかの救済措置は必要だろう。
それが現実の問題になる日がいつか来そうな気がするし、
確定申告の申告期限あたりでサイバー攻撃でも受けてe-Taxが止まれば、
それによって不利益を受ける人はかなりの数になる。
それでも国税は「利用規約に書いてあります」と言って突っぱねるんだろうか?
さしあたり、納税者としては救済措置が設けられるまでは自己防衛するしかないわけで、
申告期限前に送信するよう心掛けた方が良さそうだ。
紙の申告のときは申告期限の日に提出すればよかったものを、
便利になるはずのe-Taxになったことで期限前に終わらせなければならなくなるとは、
なにやら妙な話ではある。
瀬谷南台のCafe楽の手作りシフォンケーキ 美味しい
2016年02月
ルアンパバーン最終日、歩いていなかった市の東側を歩いてみる。
宿のチェックアウトが11時なので、その前にさくっと回るつもりで出かける。
ダウンタウンと反対側に歩いていくとワット・マノロームがある。
本堂が綺麗な寺である。
寺の一角に小さな小屋が並んでいて、なんでも懺悔小屋であるらしい。
キリスト教で懺悔室というのは聞いたことがあるが、
仏教にもそういうものがあるとは知らなかった。
ワット・マノローム
ラオスの寺には当たり前のように犬や猫がいる
ワット・マノロームの懺悔小屋
ここから東の方に行くと、ラオス不発弾処理プロジェクトビジターズセンターがある。
ラオス内戦とラオス領内を通っていたホーチミンルートへのアメリカ軍の大規模な爆撃で、
ラオス国内には膨大な不発弾が残っている。その資料館。
週末で休館だったが建物の外に並べられた不発弾と不発弾処理の状況を記した
ラオスの地図を見ることが出来た。
その地図に今も不発弾が残っている危険な場所に赤い印がつけられていたが、
早い話、ラオスの国内いたるところに不発弾の危険な場所があるということである。
その不発弾の処理は現在も続いている。
カンボジアの地雷、ラオスの不発弾、ヘドナムの枯葉剤。
インドシナには今も戦争の傷跡が残っている。
そこからキサラート通に出て、ダウンタウンに戻る。
こんなでかい爆弾が空から降ってくる
不発弾の危険な場所を示したラオスの地図、早い話、ラオスじゅうに危険地帯がある
キサラート通、ブタを竹で編んだ籠に入れて売っていた。子豚である
11時ちょうどに宿に戻りチェックアウト。4時まで荷物を預かってもらい、再度
ダウンタウンへ。天気がいいのでプーシーの丘に登り、青空の下のルアンパバーンを
眺める。そこからナムカーンの方に下り、しばらく歩く。
こちらの方は結構、欧米系の観光客が歩いている。
東洋系の観光客は割りと有名なところに集まるが、
欧米系の観光客はそこから外れたところにも結構いる。彼等はアクティブである。
道の向こうにワット・アームが見えてくる。
ルアンパバーンの寺って、どれもそう大きくはない。
日本の町中の神社とたいして変わらない大きさという感じである。
このワット・アームも結構こじんまりとしている。
塀を挟んで隣はワット・ビスンナラートなのだが、塀に通り抜けの門がある。
ワット・ビスンナラートは16世紀の建立でかなり由緒のある寺であるらしく、
敷地も他の寺と比べて広いのだが、本堂は修理中で後ろから見るとブルーシートが
かかっていたりして、ちょっと不粋ではある。
本堂に入れるようなので入ってみたが、結構大きな仏像がある。
ラオスで一番美しいといわれるワット・シェントーンの仏像より大きい。
観光客は少ないが本来なら格式の高い寺なんだろう。
本堂から外に出ると向こうの木陰の土産物屋の隣に机を置いて座っていた
若い男性が「エクスキューズミー」と声をかけてくる。
どうやら本堂を見るなら入場券を払うのだったらしい。20,000キープ。
本堂の入り口に座っていなけりゃ分からないぞと思うのだが、
乏しい英語力ではそれが言えないので黙って20,000キーブ払う。
ワット・アーム
ワット・アームの本堂
ワット・アームの境内にあった舟 ルアンパバーンの寺には必ず舟があった
ワット・ビスンナラートのタート・パトゥム
ワット・ビスンナラートの本堂、前の広場で子供達が遊んでいた
ワット・ビスンナラートの仏像 工事をしていて屋根にブルーシートがかかっている
ワット・ビスンナラートを出て道路の向かいのナンベー・サブローに入って昼食。
ガイドブックにここのカオ・ソーイが美味しいと書いてあったので食べてみる。
なんというか、担々麺風のきしめんとでも言おうか、そういう感じの食べ物。
15,000キープ、なかなか美味しかった。お勧めである。
ナンベー・サブローのカオ・ソーイ 美味しかった
ダウンタウンに戻り、のんびりとラオスコーヒーを飲む。
タクシーの運転手が話しかけてきたので、今日帰る、4時には空港に行くんだと言うと、
ホテルはどこだ4時に迎えに行くというので、幾らだと聞くと50,000キープだと言う。
ルアンパバーンはタクシーは定額のようで、タイのようなぼったくりタクシーには
出遇わなかった。ゲストハウスの名前を教えて交渉成立。4時まで街を散策したりして
のんびり過ごす。
ラオスコーヒー
ルアンパバーンの街並み
メコン
車一台だけ運べるカーフェリー
思い立って、国立博物館に戻り、そこの入り口で女の子から鳥籠を買い、再びプーシーに登る。天気が良くて気持ちがいい。
頂上の仏塔の横の岩の上から放生の鳥を放つ。
元気に青空の下に飛んでいった。
これで二回、功徳を積んだ。少しは善人になれただろうか。
4時きっかりにゲストハウスに行くと約束通りタクシーが来ていた。
それに乗って空港へ行く。
海外は楽しい。
言葉も通じないし、これ、どうなっちゃうんだろう? みたいなこともある。
しかし、そうやって旅をしていると、なにか元気になれる気がする。
そういう旅をこれからもしたいと思う。
ルアンパバーンは朝の托鉢で有名、それを見ようと朝早く出かける。
東南アジアとは思えない肌寒さだ。
托鉢が通る道に出ると、おばちゃん達が布施のお菓子とかを売っている。
例によってラオス語で話しかけられるのだが、全然分からぬ。
ガイドブツクには5時半から6時半の間に托鉢がおこなわれるとか書いてあるが
なかなか托鉢の行列があらわれない。
そういえば、ここの近くの寺の僧侶達、昨日、寺の入り口の階段の工事をしていた。
疲れて寝ているんじゃなかろうか。
6時過ぎ、ようやく暗闇の向こうに托鉢の行列が現れる。
大人の僧を先頭にして後ろに若い僧達が続いてくる。一番後ろの方には小学生くらい
の子供の僧も見える。
道に座った人達が托鉢僧の持っている器に少しずつ食べ物やお菓子・お金を入れてゆく。
見ていると欧米系の観光客も何人かそれに加わって道に座って布施をしている。
托鉢の行列を追って観光客の群れがまだ暗い街をぞろぞろ歩いてゆく感じで、
気にすることはないのかもしれないが、
よそ様の信心を見世物のように見物しているのが、ちょっと気が引ける。
前日、近くの寺の少年僧達は寺の入り口の階段を壊していた。
というか、工事していた。
そういえば日本でなぜ托鉢は一般的にならなかったのだろう。
東南アジアの上座部仏教と大乗仏教の違いはあるだろうし、
明治政府が托鉢を禁止したこともあるだろう。
しかし、それだけではない気がする。
儒教もそうだが、日本人は宗教を個人の生活の深いところにまでは入れなかった。
葬礼やお盆はあるが、あくまで儀礼、あるいはお祭りである。それ以上のものではない。
江戸時代には寺が宗門人別改帳を作ったが、寺が個人の出生を管理したというより、
幕府が戸籍事務を寺にアウトソーシングしたというのが実態である。
日本人の宗教に対する感覚は東南アジアや他の東アジアの国と違うところがあるわけだが、
どうもそれは近代以降の話ではなく昔からのような気がする。
しばらく歩いているとワット・マイの脇の道路が朝市のようになっていることに気付いた。
入ってみると野菜や肉などいろいろ売っている。
地元の人達のための朝市のようだ。
歩いていくと、その先は恒常的な市場のような通りにつながる。
観光客はあまり歩いていない。かなりディープな雰囲気のところだ。
そこを抜けて通りに出ると丁度、托鉢の行列が通り過ぎるところだった。
小学生くらいの少年僧達が通り過ぎるのを見送った。
朝市 ここを通り抜けると常設の市場の通りに出る
地元の人達の市場のようで写真を撮るのが気が引け、写真はこれだけ。
市場を出たところで再び托鉢の列に会う
宿に戻り朝食を食べてからメコンの河辺に出かける。
今日はパークウーに行ってみたい。
メコンを船で遡ったところにある洞窟で、仏像が沢山ある遺跡らしい。
ボートステーションの看板の出ているところに行ってみるが、
切符売り場もなにも見当たらない。しばらく歩いていると何人かの男に声をかけられた。
「パークウー」「船がある」「50万キーブ」
昨日、メコンの河辺を歩いていてやはり声をかけられた。一番安いのが35万キーブ
だったのでそれを言うと、なんだかんだ言って離れていった。
何人目かの客引きが、やはり最初に50万キープと言っていたのだが、
「昨日35万キーブと聞いた」と言うとあっさりOK。
粘れば30万キープとかもっと安く行けるのだろう。
ちなみにルアンパバーンの街中には旅行会社が沢山あり、パークウーへのツアーの看板
もかなり出ている。だふん、大勢集めて出発するツアーなら10万キープぐらいであるの
ではなかろうか、ただし、出発8時くらいの時間指定である。
自分の都合のいい時間にぷらっとメコンの河辺に行って船を探すとその金額では乗れない。
で、どうでもいいのだがこの客引き、河辺に置いてあったオートバイの後ろに乗れという。
「10ミニッツ」とか言っていたので、歩いて10分くらいのところに船があるのかと
思ったら、オートバイはメコンを離れルアンパバーンの市街を抜けてナムカーンも渡り、
さらに遠くへ行く。かなり飛ばして他の車の間をすり抜けるように追い越してゆく。
ヘルメットもなにもかぶっていないのでちと怖い。
オートバイはさらにラオスの奥へ奥へと走ってゆき、向こうには山が見える。
「マジ? 俺をどこに連れてゆくんだ?」
さすがにちょっと不安になり、走っているバイクの後ろから大きな声で、
「Where are you going?」と聞くと運転しながらあっちだと左を指差す。
バイクは左に折れ、畑と農家のなかをメコンの方角に走る。
しばらく走ってようやく川沿いの建物に着き、向こうに船が見えた。
ルアンパバーンの市街より上流の方に別の船着場があり、そこに運ばれたのだった。
ちなみに10分どころではなかった。20分くらい走った気がする。
見ると船が出発しようとしている。
金を受け取った客引きのあんちゃん、船に向かって走り、「レイマ!レイマ!」と叫ぶ。
レイマってラオス語で「戻れ」という意味なんだろうか? 一度岸を離れた船は戻ってきて、
その船に無事乗船。乗っていたのは東洋系の家族連れ一組と欧米系の若い女性2人連れで、
ここでようやく、「怪しい船に乗せられたわけではないらしい」と思った(^^;
戻ってきた船に乗り込み出発
パークウーまでは船で2時間、メコンを眺めながらの船旅と言えば聞こえがいいが、流れに逆らって上流に行くので水しぶきが凄い。折り畳み傘がザックに入っていたので、
それを前に差して水しぶきをよける。前に座っていた欧米系の2人の女性は途中までは
水しぶきをよけようとしていたが、途中から諦めたらしくただじっとしていた。
川を遡ってゆくと向こうに煙が見える。
なんだろうと思っていると岸から炎が上がっているのも見えた。
この辺りではまだ焼畑をやっているのかもしれない。
途中、ウイスキーを作っているという村に立ち寄る。
メコンウイスキーといっているが実際は米で作った焼酎である。
蛇やサソリが入った瓶に入った酒を売っていて試飲も出来るようだか、
試飲すると買わざるをえなくなりそうでやめといた。
メコンを遡る
焼畑の煙?
ウイスキービレッジ
ウイスキービッレッジの機織りの女の子
蛇やサソリの入った焼酎
ここからは30分くらいだっただろうか、パークウーに着く。
メコンの河辺の洞窟で洞窟内に仏像が沢山ある。
少し離れた洞窟にも仏像があるがこちらは暗いので懐中電灯を持って行った方がいい。
洞窟からメコンの反対側を見ると、象がいた。野生の象ではない。たぶん、
像乗りの出来るところがあるのだろう。
それほど広いところではないので、団体ツアーの船が沢山来たら人でごったがえしそうな
気がする。ま、日本の五百羅漢のようなところと思えばいい。
パークウー
五百羅漢のようなものか
上の洞窟
パークウーからメコンの対岸、向こう岸に象がいた
帰りは流れに沿って行くので1時間ほどでルアンパバーンの市街に着いた。
ちなみに乾季のメコンは日本で想像していたより水量が少なかった。
あるいは中国が上流に作っているダムも関係しているのかもしれない。
ところどころの岩礁に標識がある。雨期はあのてっぺん近くまで水が増えるのだろう
昼食はソンパオレストラン。
日本人が経営するレストランで、結構美味しいとガイドブックに書いてあったので行ってみた。感じのいい店で、ひとりだと言って案内された席に座ると、店の奥から男性が
現れて「日本の方ですか?」と聞く。その男性が店のオーナーだった。
日本語は話していないのだが、へたくそな英語なので日本人と分かるのだろう。
最初はベトナムに住んでいたようでいろいろ話を聞かせてもらった。
ルアンパバーンに行く人は最初の日にこの店に行って主人からルアンパバーンの情報を
聞くといいかもしれない。
遅めの昼食を終え、街中をしばらく散策してラオスコーヒーを飲んだりして夕方まで
時間を過ごし、ナイトマーケットを見て宿に戻った。
ソンパオレストランのラオス料理のセット。米は紫のもち米。
スープはモン族のスープ。トマトの左上の黒いのはメコンの川海苔を揚げたもの。美味しかった。
昼飯のときメコンを眺めながらいい気分で飲んでいたビールが効いたのか、
しっかり昼寝してしまった。
目を覚ますと夕方、ナイトマーケットが始まるはずなので、
またダウンタウンにのこのこと出かける。
行くと国立博物館の前の通りは既にナイトマーケットのテントで埋め尽くされていた。
赤と青のテントを並べてなかなか綺麗である。
テントの下にシートを敷いてそこにいろいろな品物を並べている。
狭い通路を歩き、土産を探してときどき店先にしゃがみ込んで話をするのだが、
みんなラオス語なので何を言ってるのかさっぱり分からぬ。
欧米系の観光客が多いのだが、彼等が値段を聞くと黙って電卓に数字を入れてそれを出し、
コミュニケーションするという感じ。
お婆ちゃんの座っている店先にミサンガらしきものがあったので、
「これはなに?」と聞くと、ラオス語で何やら言いながら手首に巻き付けてくれた。
子供の土産に買おうと思い値段を聞くと金額だけは英語で答える。
あとの話はすべてラオス語。
ひとつ5000キープだと言うので、「ディスカウントしてくれ」と言うと、
ふたつで10000キープにするみたいなことを身振り手振りで答える。
「まけてねえじゃねえか」と思わず日本語で言ってしまった(^^;
試しにふたつ手に持って8000キープと言うと、あっさりOKしてくれた。
織物、Tシャツ、民芸品の店が多く、ラオスコーヒーや紅茶も売っていた。
夕方、ナイトマーケット
こんな感じでずっと続いている。
晩飯は近くの屋台で簡単に済ませる。
ナイトマーケットの開かれる通りとインタソム通りの交差点のところに常設の屋台が
並んでいて、ラオスコーヒーやサンドイッチを売っていて滞在中重宝したのだが、
夕方になるとその近くにさらにいろいろな屋台が並ぶ。
そこで焼きそばと焼き鳥を買った。
焼き鳥は日本の焼き鳥に似ているが少し大きい。
美味しそうなので食べてみたが、肉がちょっと固い。
ルアンパバーンを歩いているとたまに黒い痩せた鶏が散歩していて、
犬に追いかけられて元気に逃げ回っていたりする。
ああいう鶏を食べるんだろう、固くて当然か。
それと日本と同じようにタレをつけて焼いているのだが、このタレの味が日本のそれとは
ちょっと違う感じで、日本人には好き嫌い分かれそうな気がする。
欧米人にはこういう大雑把な味OKかもしれん。
焼きそばも見た目は日本の焼きそばにそっくりだが、やはり味付けが違う。
というか、野菜の味にちょっと違和感あるのかな。
常設の屋台 朝早くからコーヒーが飲めて重宝した
晩飯は屋台で軽く済ませる。
焼きそば、焼き鳥、ビールで23000キープ、350円くらい
暗くなってきて、プーシーの登り口から見渡すと、国立博物館のパバーン像安置祠の
ライトアップとナイトマーケットの明かりが綺麗だ。
何時ぐらいまでナイトマーケットを開いているのか分からないが結構賑わっている。
ルアンパバーン初日、7時に起きて外に出てみると、昨夜、空港に迎えに来ていた
イケメンのお兄ちゃんが掃除をしている。とりあえず朝食を頼む。
ゲストハウスは街の中心から歩いて10分くらいの住宅地のなかで静かなところである。
テラスに座っていると、ネコが近づいてきて一瞥をくれて行ってしまった。
ゲストハウスの前の道をたまに地元の人が通るが、みな長袖を着ている。
フード付きのジャケットをはおっている人もいて、
東南アジアにしては肌寒いぐらいである。
考えてみたらルアンパバーンは標高が700mくらいあるし、ラオスでも北の方である。
季節によっては長袖は必需品のようだ。
一泊39ドルについている朝食
シンハラゲストハウス
食事を終えて、まずは市内を歩いてみる。
ゲストハウスから太い通りに出て数分歩くと寺があり、入り口の階段にはナーガがある。
カンボジアのそれと似ているが少し形が違う。
さらに行くと交差点。
東南アジアではフツーのことだが信号はなく、車の来ないときを見計らって道路を渡る。
しかし、交通量そのものがそれほど多くないので、どうということもなくすぐに渡れる。
しばらく行くとルアンパバーン国立博物館がある。
王国の時代はここが王宮で最後の国王もここに住んでいた。
8時から開館となっていたが、8時5分くらいに行っても入場券売り場はクローズのまま。
ま、こんなもんである。別に驚くことではない(^^;
街の中心部へ
元王宮のルアンパバーン国立博物館
道の反対側はプーシーの丘の登り口。
ルアンパバーンの街の真ん中にぼこんとある小山で頂上に寺があり眺めがいいらしい。
博物館が開いていないので、まず高いところに行って町を俯瞰してみようと登り始めると、
階段の脇に座っておばちゃんがふたり、寺に供える花などを売っている。
見ると竹で編んだ小さな鳥篭に鳥が入っている。
どの籠にも雀より小さい黒っぽい鳥が二羽。
「写真を撮っていいか」と聞いてからパチリ。
撮り終るとおばちゃん達が何か言うのだがラオス語でさっぱり分からん。
鳥篭を指差してから両手を空に広げるようにする。
写真撮る前から見当はついていたので「放生?」と聞くが、
日本語とラオス語で会話が成立するわけもなく、
されど「ハウマッチ?」「トエンティ」で取引は成立。金を払って鳥篭を受け取る。
ちなみにラオスの通貨キープは実際の使用は千キープ単位のようで、
他のところもそうだったが、「サウザンド」は省略である。
この放生の鳥篭、このあと他でも売っていたが、みな同じ20,000キープだった。
ラオスの人はあまり金額をふっかけたりしないようだ。
それとこのときのおばちゃん達も他でもそうだったのだが、
ラオスの人は釣り銭をごまかさない。
これがタイあたりだと平気でごまかすのがいる(^^;;
今でも覚えているが、バンコクのワットアルンに行くとき、チャオプラヤーの渡し舟の
チケット売り場に老婆が座っていて、船賃渡したらパラパラと釣り銭をくれたのだが、
船に乗ってから数えてみたらしっかり誤魔化していた。
あの奪衣婆のごとき老婆は今もチャオプラヤーのほとりに健在であろうか。
国立博物館と道を挟んで反対側がプーシーの登り口
売っていた鳥籠 なかに雀より小さい黒い鳥が二羽入っている
そのまま階段を登ると頂上に出る。
小さな寺院があり本堂と金色の仏塔がある。
見渡せばルアンパバーンの町並みとメコン。
振り向くとメコンに注ぐナムカーン川が流れている。
周囲は山に囲まれている。
確かに見晴らしのいいところだ。
メコンもナムカーンも東南アジアらしい茶色の流れが穏やかである。
町並みには幾つかの寺院が見える。いずれもラオスの特徴的な形の屋根をしている。
プーシーの仏塔
メコンの流れ
メコン 下流の方
反対側 ナムカーン川
岩の上に立ち、鳥篭から鳥を放つ。
少し下の木に元気に飛んでいった。
これでひとつ功徳を積んだことになるのであろうか。
しばらく景色を眺め、登ってきたのと反対側のナムカーンの方に降りる。
そう時間もかからず反対側にくだり、どうせ時間もあるので、
このままメコンとナムカーンの合流点まで歩いてみる。
道沿いには割りと感じの良いゲストハウスが並んでいて、川辺でバーベキューもできる
ようになっていたりする。結構静かで窓からのナムカーンの眺めもいいだろう。
この辺で泊まるのもいいかもしれん。ガイドブックではナイトマーケットに近い中心部が
いいようなことを書いているが、歩いてみれば分かるが小さな町である。少し歩けば
町の中心部にはすぐに出られる。
ナムカーン沿いのゲストハウスの並び
ナムカーンに細い木の橋がかかっていて、橋のたもとで渡る人がお金を払っているのが
見えた。有料の橋かと思って、そのまま歩いていくと、ナムカーンとメコンの合流点の
手前にもやはり木の橋がかかっている。
行ってみると、橋のたもとの掘っ立て小屋からおばちゃんが出てきて、なにやらラオス語
で説明してくれる。どうも、橋を渡ってあっちに行くとなにがあるとか、こっちに行けば
なにがあるとか説明してくれているようなのだが、結局なんにも分からん。
分かったのは「セブン」という英語だけ。
つまり、橋の通行料は7000キープ。
メコンとナムカーンの合流点
向こうに見えるのが橋
手前の地面がひび割れていて雨期はそこまで水がくるのだろう。
通行料払って渡り始めて気づいた。
木の橋と思ったのは竹の橋だった。
橋脚だけはその辺から切ってきたような木を使っているが、踏み板は竹を平たく切った
もので、その下に補強で敷いてあるのも竹である。
ところどころ、この補強の竹が少なくて、
平たく切った竹を踏んで進むのだが、足元にはナムカーンの流れが見える。
体重に自信のある人は少しびびるかもしれない。
たぶん、この橋、乾季だけ架けられるのだろう。ひび割れがあった両岸よりも橋が低い。
橋脚以外はすべて竹
渡り終えてナムカーンの向こう側をしばらく歩いてみるが、
おばちゃんが一生懸命説明してくれたような何かは、もう少し遠くまで行かなければ
ならないのか見当たらない。
ただラオスの田舎があるのみである。
しばらくラオスの田舎を歩き、メコンを眺め、再び竹の橋を渡って町に戻る。
ちなみに7000キープは往復の通行料であるらしく、帰りは取られなかった。
橋の向こう ラオスの田舎があるのみ
メコン沿いに歩き、ワット・シェントーンを見、そのあとはメコンの川辺のレストランで
のんびりビールを飲んで昼食。食事のあとはルアンパバーン国立博物館に戻り、
さらにワット・マイを見たりしながら街中を歩く。
3時ぐらいに一度ゲストハウスに戻りシャワーを浴びて軽く昼寝。
続きはまたあとで。
メコンのほとりでラオスのビール
ワット・シェントーン
ワット・シェントーンの仏
ワット・シェントーンはラオスで最も美しいと言われている寺院
ルアンパバーン国立博物館のパバーン像安置祠
ワット・マイ
ワット・マイで昼寝していた犬
ラオスの寺院には大抵、犬や猫がいる
1月の仕事が終わって確定申告が始まる前にちょっと一息入れようと、
ひとり旅でラオスに行ってきた。
このブログを読んで、こいつ遊んでばかりいるのかと勘違いする向きもいるのだが、
とんでもない話だ(^^;
仕事は人一倍している。
されど働いたら遊ぶ。
いい仕事をするためにはいい遊びをする。
これ信念(^^
ラオスのルアンパバーン。
ラオスのやや北寄り、メコン川のほとりでラーンサーン王国の首都として栄えた街。
近代のラオス王国の時代も首都はビエンチャンだったが王宮はルアンパバーンにあった。
街全体が世界遺産になっている。
いつものようにネットで航空券と宿泊だけ取って出かける。
今回予約を取ってみて分かったが、ルアンパバーンは宿泊が割りと高い。
欧米からの観光客に人気なんだそうで、エリア的にもそう広くはないので、
需要と供給で高くなるのであろう。
ちなみに一昨年のカンボジアのシェムリアップは2人で1泊2千円でも満足できる
部屋だったが、今回は1泊39ドルである。
ま、今さら、バックパッカー用の格安ホテルを使う気もないので、この辺にしといた。
ハノイに飛び、乗り換えてルアンパバーンへ。
ハノイの乗り換えでの待ち時間が4時間40分。
時間があるようで空港の外に出るには少な過ぎる。仕方ないので空港でビールでも
飲んでいようと思ったが、ハノイのノイバイ国際空港ってファストフード的な店ばかりで、
あまり大きな飲食店がない。結局、缶ビールを買って時間をつぶす。
ハノイのノイバイ国際空港は軍民共用。向こうに掩体壕が見える
待ち時間の間に夕食 ベトナムのフォー
暗くなってからようやくラオス行きの飛行機の出発。
搭乗口からバスで向かった先にあったのは小さ目のプロペラ機。
プロペラ機に乗るのって凄い久し振りの気がする。
ほかの乗客達もバスからそのプロペラ機を見たとき、
この飛行機?という感じの声をあげていた。
後ろから撮ると大きく見える。双発のプロペラ機
ハノイからは一時間くらいでルアンパバーン国際空港に着く。
国際空港と言ってもここの建物、高速道路のサービスエリアの建物にラオス風の屋根が
付いているぐらいの感じで小さい。ちなみに食事できるところもなし。
小さな飛行機を降りて歩いてターミナルへ行く。
ルアンパバーン国際空港 いよいよラオス
入国審査を済ませ外に出ると、すぐ目の前がもう空港の出口、横にタクシーチケットの
カウンターがある。とりあえず両替したいと思って回りを見るがそれらしいところがない。
タクシーチケットの向かい側の小さなカウンターというのかテーブルに若い女の子が
暇そうに座っていて、大人しいというか小さくて聞こえないというか、そんな声で話
しかけてきたので、「両替したいんだが」と聞いてみると、「ここで出来る」と言う。
そこが両替所だった。
国際空港の両替所って、囲ってある窓口の向こうに係りが座っていたりするが、
ここではオープンスペースに小さなカウンターを置いてやっている。
一万円札を出して両替が終わってから、
その女の子、その一万円札を手にして「これは日本の円?」と聞く。
ちょっと待てよ。
日本の円かどうか分からなくて両替してんのかよ(^^;;?
ところで、この空港の両替所、1円=58キープのレイトだった。
ところが翌日、市中の両替所で見たら、1円=65キープのレイトだった。
ルアンパバーンに行く人は空港で両替しないで市中で両替した方がいい。
到着が遅いので宿泊するゲストハウスにピックアップを頼むメールを送っておいた。
メールに返事なかったし、何人かホテル名を書いた札を持っているのが立っているが、
それらしいのが見当たらないので、来てないな、タクシーで行こうと思いつつ念の為、
空港の出口に立っている数人の男達に向かって
「シンハラ」とゲストハウスの名前を言ってみたら、
なかのひとりのイケメンのお兄ちゃんが手をあげた。
なんだ来てるんなら札ぐらい持ってろよ、黙って立ってたって分からんだろう(^^;;;
なにはともあれ無事にピックアップしてもらい、ゲストハウスへ。
長くなるので、続きはまたあとで。
ゲストハウスの1泊39ドルの部屋。クーラー・テレビ・トイレ・シャワー付き。
残念ながら一階だったので眺望はなし。というか、窓の向こうは塀だった。