選定委員会

横浜市の某選定委員会に行ってきた。

税理士は税理士会を通して公的な機関に派遣されることがある。

たとえば、固定資産評価審査委員会。

固定資産評価額に不服がある場合、一定の期間内に審査の申し立てをすることが

できるわけだが、その審査をするのが固定資産評価審査委員会。

行政から独立した機関として学識経験者・市民・税の専門家などから委員が

選ばれて審査するわけである。

他にも公的な施設の管理受託者の選定について、やはり行政から独立した

委員会がそれを審査したりする。

今回派遣されたのはそういう委員会のひとつ。

もちろん守秘義務があると思うので内容は書けない。

あるんだろうな…?   守秘義務についての説明はなかったけど?(^^;

委員の紹介のあとさっそく審議。

今後の進め方を確認して、

このあと応募業者の審査選定をすることになる。

税理士が派遣されるのは、応募業者の財務状況の審査ということであろう。

人間、たまにはそういうパブリックに係るようなこともした方がいい。

自分の金儲けばかりしていてはダメである。

少しは社会の役に立ちたいと思うわけである(^^;;

5時過ぎ、初回の委員会が終わって庁舎の外に出ると、

まだ明るい五月の日差しがあった。


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  樟の木の若葉

守門岳敗退

残雪の季節、日本の山が一番美しい季節である。

20代の頃、残雪期は上越の山を歩いていた。

雪がなければ藪漕ぎしなければ歩けない尾根も残雪期なら雪を踏んで登れるわけで、

越後三山、利根源流、谷川連峰、この辺の主な稜線はほぼ歩いた。

残雪を踏んで里に降りてくると、辛夷も梅も桜も桃もいっぺんに咲く雪国の春があった。

夏や秋はこのあたりの沢を登り、ビバークの谷から星を見上げた。

上越の山は青春を過ごした場所だった。

今年は残雪がかなり少なく、GW、最初は平標を予定していたのだが、

頂上まで夏道歩きで終わりそうなので守門岳に予定を変更した。

奥只見まで行けばもう少し雪があるかと思った。

4時に横浜を出て関越道をひた走る。

8時過ぎくらいに守門岳の麓に着いて登山口の保久礼を目指すのだが、

道の向こうに車両通行止めの標識があらわれた。

事前に調べて、林道の除雪終了点まで車が入れるということは分かっていた。

しかし、目の前の通行止めはネットで見た除雪終了点にしては雪がなさ過ぎる。

どういうことだ? と思いつつ車を停め、靴を履き替え出発。それにしても守門岳が遠い。


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 最初の通行止め
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 守門岳が随分遠い

周囲は雪解けの田園風景。そのなかをしばらく行くと再び通行止めがあらわれた。

田園風景のなかから川沿いの林道に入るところで道は塞がれていた。

どういうことだ?  ネットに出てた除雪終了点の写真はなに?

道は合っているはずだけどこの林道のまだかなり先だよね?

たぶん、なのだが,,,

最初の車両通行止めの標識には工事関係者以外立ち入り禁止と書かれていた。

保久礼への林道は栃尾に抜ける道であり、冬が終わると除雪作業をする。

除雪作業をしている平日は一般車通行止めで、

除雪作業をしていない週末は除雪終了点まで登山者の車が入れるのかもしれない。

今日は平日である。こういう事情、ネットで調べてもあまり出てこない。

このまま歩いても林道歩きで時間がかかり守門岳には登れそうにない。

諦めて引き返すしかなかった。

苦笑いしながら早春の田園風景のなかを車に戻った。

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 ふたつめの通行止め

このまま帰るのもなんなので、八海山に立ち寄ってみた。

下から見上げる八海山は例年と比べてもかなり残雪が少なく、

これじゃ上は雪がないなとスニーカーのままでロープウェイに乗った。

ところが上に着いてみると少ないけれど思ったよりは雪がある。

登山靴履いてきていれば少し登ったのになと思うわけだが、

足元はスニーカーである。

仕方ないので少し残雪の上を歩いてロープウェイに戻った。

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 トミオカホワイト美術館からの八海山。かなり残雪が少ない。
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 八海山スキー場から見上げてもまるで雪がない。
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 しかし、上に行ったら少ないけれどもそれなりに残雪があった。
 登山靴を履いてこなかったのを後悔するしかない。
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 向こうは奥只見の方かな
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 ロープウェイの横から巻機山方面

そのあと十字峡にも行ってみたが、

かつて残雪の利根源流の山を越えて越後側にくだってきたとき、

辛夷や桜や桃がいっぺんに咲いて桃源郷のようだった野中の里も、

既に花が終わってフツーの山里にしか見えなかった。

温暖化で雪解けが早くなり、

青春の頃歩いた山も変わってきてしまっているのだろう。

なんだか寂しい気分だった。

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 三国川ダムからの野中の里
 辛夷も桜も桃も終わっている。

時間が余っていたので新しく作られた「魚沼の里」に立ち寄ってみた。

日本酒の八海山を作っている八海山醸造がテーマパーク的に作ったところらしく、

いろいろな店があってちょっと面白いところである。

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 魚沼の里の菜の花
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 ビールの試飲とノンアルコールビール。
 ノンアルも美味しかった。

残雪の山を登れなくて不完全燃焼だったが、

春の上越を楽しんで越後湯沢の温泉でゆっくりして帰ってきた。


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 夜は越後湯沢の五郎で夕飯、関東ではあまり売ってない「さわがに」
 それほど高い酒ではないが美味しい。
  

歌会

一年振りに福島の歌会に行ってきた。

花咲か爺ではないが、桜が咲く季節になると福島に行く。

歌会のついでに桜を見に行くのである。

というか、桜のついでに歌会かな

ま、そんなこと言うと福島の歌会の人に怒られるので、

あくまでも建前は歌会のついでに桜である(^^;

横浜を6時過ぎに出てシビックで東北道すっ飛ばして福島についたのが10時半。

桜の季節ということだろうか、東北道が割と車走っていて時間かかった。

福島駅の駅ビルで土産を買って横浜に送り、昼飯を食べて午後1時に会場へ。


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 福島駅前、「ミニ花見山」の展示、桜が咲いている

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 歌会前の昼食、禊の酒を一杯ひっかけて戦闘モードに切り替えて歌会へ行く


出席者は8人。今回は連作の歌会。15首くらいの連作を出しての歌会なので、

8人でも40首くらいあるわけで、時間を考えながらの歌会になった。

いずれの作品もなかなか面白くて、いい歌会だったのだが、

結社の選者でもある梶原さい子の連作が良かった。

短歌の批評は、その歌の良いところあるいは歌の問題点を理由を示して分析し、

それを言語化して、その歌の鑑賞を他者と共有、あるいは議論できるように

することである気がするのだが、

現実の歌会ではえてして、理由を示したくてもそれをうまく言語化できないことが

ままあるわけである。

例えば、梶原さい子の連作のなかの一首、

風の日の・・・道を急ぎつつ・・・春に研がれている

というような歌について(発表前なので一部変えて、一部・・・にしている)

三句の「急ぎつつ」が気になると発言したのだが、

「自分がこの歌を作ったとしたら、この言葉が最後まで気になる気がする」という

理由にならないような理由を言っていた、というか、気になる理由をうまく言語化

できないでいるのである。

で、歌会が終わってあらためて読み直してみると、

この歌に続く連作の最後の歌にも「風」が出てくるのだが、

この連作のなかで問題の歌の初句の「風」は無視できない言葉であり、

一方、三句の「急ぎつつ」は「春に研がれている」につながりやすく、

むしろ、連作のなかで大切な「風」を微妙に邪魔しないだろうか。

「急ぎつつ」「春に研がれている」のではなく。

「風の日の」「春に研がれている」のではないのだろうか。

もちろん、これは私が感じたことであり、

梶原さい子の表現しようとしたこととは違うかもしれない。

そういうところの意見を戦わせるのが歌会だと思うのだが、

自分に力が足らず、言語化できないまま意見を戦わすことが出来なかったのは残念だった。

それにしても今回の梶原さい子の連作は歌会のなかで1ランク上という感じだった。

さらなる彼女の活躍を期待している。

歌会のあとは懇親会、

そのあとは飯坂線で飯坂温泉へ。先に飯坂に行っていた息子と合流し夜の飯坂で再び一杯。


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 歌会風景

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 夜の飯坂温泉


翌日は東北道沿いに、二本松城、白河小峰城の桜を見て横浜に帰った。

去年は三春の滝桜を見に行ったが、今回は息子の百名城めぐりに付き合うついでの

桜になった。


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 二本松城と桜

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 白河小峰城と桜

京都 桜

桜が見たくて京都に行ってきた。

今年は桜が咲いてから雨が多いのだが、

新幹線で京都駅に着いたら残念ながらやはり小雨。

近鉄に乗り東寺へ。

教王護国寺とも呼ばれる平安京が作られた頃からの古い寺である。

ここの五重塔と桜との取り合わせが良い。

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   東寺の五重塔

そのあと北上して梅小路のあたりを歩き京都駅に戻り清水へ。

清水坂を登ってゆくのだが、こちらはやはり海外からの観光客が多くて、

着物姿で歩いているのはほぼ外国人。

それにしても着物にスニーカーや革靴はやはり違和感がある。

レンタル屋も草履くらい貸してやればよさそうなもんである。

清水寺の桜、小雨のなかでもやはり綺麗だ。

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 清水寺


清水から三年坂を通って祇園、烏丸まで歩いて今日の泊まりのホテルへ。

しばらく休んで夕方、食事に出かける。

木屋町の高瀬川沿いの夜桜を眺めつつ歩くのだが、

大声で話す中国人観光客がいないのは習近平君が頑張ってくれているからなのだろう、

夜桜が静かで綺麗だ。

そのあと先斗町で軽く飲んで夕食を食べホテルに帰った。

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 高瀬川の夜桜
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 雨の木屋町通り

翌日、烏丸から祇園、鴨川沿いに下賀茂。

下賀茂神社の近くの本満寺の枝垂れ桜が綺麗だというので行ってみたが、

残念ながら花はもう終わっていた。早咲きなのだろう。

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 本満寺の枝垂れ桜 花が終わっていた

本満寺を出て下賀茂神社を歩き、八坂から円山公園の桜を眺めて知恩院へ。

ここの三門をくぐったところで違和感を感じた。

境内に続く階段の前に金色の大きな輪のオブジェがある。

前はなかった。

なんでも大阪の万博のアイルランド館にあったものを持ってきたとのことで、

人間と自然の関係性とかアイルランドと日本の文化的対話とかいうこと

らしいが、正直言ってよく分からん。

その場所が知恩院である必要があるんだろうか?

ピラミッドにしろケルンの大聖堂にしろ、

その風土に根差した風景なり文化の背景というものがありそうで、

新しいものを頭から否定する気はないが違和感は否めない。

置くべき場所が違う気がする。

そんなことを思いつつ祇園に戻り、昼飯を食べて京都駅へ。

土産と今夜の晩飯の鯖寿司を買い、桜の京都をあとにして横浜に帰った。

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 知恩院 三門
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 三門をくぐったところの金の輪のオブジェ
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  さくらばな陽に泡立つを目守りゐるこの冥き遊星に人とうまれて
                             /山中千恵子

歌集『ゆふすげ』

確定申告が終わり、ちょっと一息ついた。

毎年のことだが紺屋の白袴で、確定申告最終日は自分の申告をひたすらやっていた。

確定申告が始まる前に自分の申告を済ませてしまえばいいわけで、

それは分かっているのだが、忙しい1月が終わったあとでいろいろやっていると、

雪崩れ込むように確定申告に入ってしまうので、そんな感じになっている。

来年は変えていきたいと思っている。

ところで、年に一回、確定申告だけ頼まれているご婦人から宅配便が送られてきた。

確定申告の礼と一緒に歌集が入っていた。

歌集『ゆふすげ』。

作者は美智子。

名前だけで書くと不遜のようだが、美智子上皇后である。

美智子上皇后に限らず皇室の人は短歌をたしなんでいて、

正月の歌会始めは毎年ニュースにもなる。

美智子上皇后は永田和宏や河野裕子の歌の指導を受けていたようで、

河野裕子が亡くなったあとの送る会では、

美智子上皇后が河野裕子を偲んで詠った歌が披露されていた。

皇室の人の歌集であれば通常、作者名は皇后陛下御歌集とか上皇后陛下御歌集とか

書かれるのだろうが、永田和宏の勧めで肩書ではなく本人の名前が著者名として

記されている。この辺について永田和宏は後書きにこう書いている。

『著者としての美智子さまのお名前を記すことを、強くお勧めいたしました。

「美智子」という名を持った一人の歌人の歌として、皇太子妃、皇后、上皇后などと

いったバイアスをかけずに、読者の目に届いて欲しいとの願いからです』

うむ、納得。

万葉集は名もない防人の歌も載せている。

天皇の歌だから、皇后の歌だから、名もない人の歌だから、

そんなことは歌の評価には関係ないことで、

歌をそのまま読み、感じとり、詠んだ人に思いを馳せたい。

名前の「美智子」だけで良かったのではなかろうか。

ちなみに庶民には姓があるが天皇家には姓がないので、

「美智子」だけが著者名になるわけである。

スメラミコトの時代、姓というのは天皇が家臣に権威付けとして与えるもので

あったわけで、天皇家には姓がないわけである。

まだ頂いたばかりなのですべては読んでいないのだが、

こんな歌が目にとまった。

 

 夕暮れに浅間黄すげの群れ咲きてかの山すその避暑地思ほゆ

 海ちかく魂やすらげる島人の墓標にゆれて緑なるかげ

 をとめ座のスピカまたたく春の夜遠きイラクに空爆つづく

 

手慣れたといえば手慣れた詠みぶりではあるが、静かに叙情が伝わってくる。

天皇とともに沖縄などの太平洋戦争のあとも訪ねていて、

二首目は沖縄の歌である。

こういう歌もあった。

 

 帰り得ぬ故郷を持つ人らありて何もて復興と云ふやを知らず

 

東日本大震災の歌だろう。あるいは福島の原発かもしれない。

復興ということがテレビや新聞では流れてくるが、故郷に帰れない人達がいる、

そういう人達に思いを馳せている美智子というひとりの歌人がいる。

あるいは上皇后としては、「それで復興と言えるのですか? 言うのですか?

ということは決して言えないものなのかもしれない。

しかし、美智子という一人の歌人としてなら詠える。

 

歌集を送って頂いた方に礼を言わなければならない。

歌集ありがとうございます。

これからしっかり読ませて頂きます。


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確定申告中休み 修善寺

確定申告の中休みで修善寺。

毎年、216日から315日の確定申告の中間で中休みを入れるようにしている。

ほぼひと月、毎日夜遅くまでの仕事になる確定申告。

人間、働きづめでは続かない。

のびきったゴムはいずれ切れる。

だから、どこかでオフを入れる。

いい仕事をするためにはいい遊びをする。

これ信念(^^;

11時くらいに横浜を出て修善寺へ。

走りたい時は箱根から伊豆スカイラインを経て回りこむように修善寺に行ったり

するのだが、今回はオーソドックスに東名で沼津。

沼津港で遅めの昼飯を食べ、そこから30分ほどで修善寺。


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  沼津港のせきの食堂はお休みだった
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 貝焼きと海鮮丼で昼飯

宿に入り、まずはゆっくり温泉に入る。

のんびりしてから夕方、散歩がてら晩飯。

修善寺に行ったときはたいてい、いきぶしという場末のラーメン屋みたいな

小さな居酒屋で晩飯を食べている。

新型コロナ以来、メニューの種類が減ったのがちょっと残念なのだが、

感じのいい母娘のやっている店で、結構繁盛している。

飲んで食べていい気分で宿に戻り、確定申告でしばらく続いた寝不足を取り戻す

ためにがっーと寝る。

翌朝の5時、修善寺の鐘の音で起こされる。

5時に鳴らすなよ、せめて6時にしろ6時に(^^;;

朝風呂に入り、美味しい朝飯を食べてチェックアウト。

ちなみに今回の宿泊は金福荘。小さな安い旅館だが、ここは朝飯が美味しい。

風呂は小さいが源泉かけ流し。小さい風呂が気に入らなければ近くに筥湯がある。

こ洒落たホテルライフが好きな向きには合わないだろうが、

手軽な料金でのんびりしたい向きにはお勧めである。

月ヶ瀬の道の駅で土産を買って昼前には横浜に戻り、そのまま仕事。

さ、ひと休みいれたところで確定申告後半戦、頑張ろう。


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 修善寺と修善寺寒桜

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 修善寺温泉
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 金福荘。夕飯なし朝飯のみ。風呂は小さいが源泉かけ流し。
 朝飯は美味い。のんびりするのにいいところである。

歌会

去年、歌会には3回しか出席できなかった。

やはり歌会に出席していないと批評の力が落ちる気がして、

来年からはせめて二か月に一度は歌会に出たいと思った。

ということで、今年初めての歌会、ひさしぶりの湘南の歌会に行ってきた。

歌会の前は鎌倉を歩く。

鎌倉駅から御成通りを経て長谷へ歩く。

湘南の歌会にあまり出なくなって鎌倉を歩くことも少なくなっていたのだが、

御成通りも長谷への道も新しい店が増えている気がする。

長谷寺の手前で右に入り甘縄神社へ。

小さな神社だが鎌倉最古の神社といわれる由緒ある神社で、正しくは甘縄神明神社である。

すぐ近くに川端康成の旧邸があり、彼の『山の音』にはこの甘縄神社も出てくる。

長谷に来る観光客はたいてい長谷寺や高徳院の大仏を見にいくので、

甘縄神社はほんのすぐそばにあるのに訪れる人も少なく静かでいい。

ここには玉縄桜がある。

早咲きの桜で河津桜のような色の濃いピンク系ではなくソメイヨシノに似ている。

たぶん咲いているだろうと思って行ったのだが、案の定、満開だった。

この桜を見たくて甘縄神社に来た。

日本人の死生観に深く結びついている桜。

いつ頃からだろう、桜に死よりも再生を見るようになったのは。

玉縄桜の下をくぐり階段を登ると遠くに鎌倉の海が見える。

静かである。

このあと長谷寺に立ち寄り梅を見て、江ノ電で藤沢の歌会に向かった。

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 甘縄神社の玉縄桜
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 長谷寺の梅
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 歌会の前に昼飯。歌会で初めて会った人に「一杯飲んでから来るって聞きました」
と言われたが、戦闘モードに切り替えて歌会に出るための禊ぎの酒である(^^;


さて、肝心の歌会。

気になった歌、というか、批評を聞いていて気になった歌を幾つか。

ゲレンデは早蕨の国となり春雲の影が流れてゆく、

そんな歌意の歌。

もちろん誌面発表前なのでそのままでは出せず少し改変している。

今回の歌会での最高得点歌で、批評もみな好意的だった。

今回、出席者16人で湘南の歌会としては詠草も多く、あまり時間がとれないような

ことを言っていたので、何も発言しなかったが私は選ばなかった。

「早蕨の国」というのは作者の工夫だろう。

批評でもこれを評価する意見が多かったが、

どうもこれが雑なくくり方のように思えた。

雪が消えたあとのゲレンデというのは日当たりが良くて山菜がよく取れる。

残雪期の山に向かうとそういうところも歩くわけだが、

多いのはコゴミ、蕗の薹、ウド、タラの芽、ゼンマイ、その他もろもろ。

山菜って種類が多いのである。もちろんワラビもあるわけだが、

場所や時期にもよるだろうが全体のなかではワラビは多いわけではなく一部だよね

それにカタクリやイチゲも咲いている。

それを「早蕨の国」とくくってしまうことに工夫であるとしても違和感はあった。

それと、早蕨といえばこういう歌が浮かぶ。

 

石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも

                         /志貴皇子

 

志貴皇子が流れる水のほとりに見出した繊細な早蕨と、

歌会の詠草の「早蕨の国」という早蕨に頼ったような表現が、

どうも私の中ではしっくりしなかった。

それと「春雲」も気になった。

「早蕨」が出てくるのだから「春雲」と言わなくても「雲」で春の雲だと分かる。

それをわざわざ四句で「春雲」にして字余りにする必要があるのか?

「雲」にすれば7音で定形に出来る。

なぜ、そういう批評が出なかったのか分からぬ。

 

もうひとつ気になった歌というか批評。

カーテンの隙間に覗く柿の木が冬日のなかで太くてたくましい、

そんな歌意の歌、これも少し改変している。

この歌の批評、下句で柿の木を「太くてたくましい」としっかり描写しているので、

カーテンの隙間から作者が覗いて柿の木を見ているのだという批評。

で、隙間から覗いているのは、なにかカーテンを開けられない事情があるのだろうと。

そういう批評が繰り返されるので、思わず発言してしまった。

「この歌の表現からカーテンを開けられない事情があるとか、そういうことが

読み取れるのか?

作者が「覗く」と言っているんだから覗くんだろうという意見もあったが、

日本語の「覗く」は覗き見るというような意味ばかりではない。

全体の一部が見える、あらわれる、という意味がある。

辞書を調べれば当たり前に出てくる。

「木と木の間に富士山が覗く」「雲間から月が覗く」。

いずれも「木と木の間に富士山が部分的に見える」「雲の間から月があらわれる」、

そういう意味である。

カーテンの隙間から見える柿の木を詠った歌と読めば自然に読めるものを、

なんで、カーテンを開けられない事情があるのだとか、そういう読みになるのか?

下句の描写がそういう読みを誘うのかもしれないが、

それは上句と下句のアンバランスの問題であり、

歌会ではそういう部分が指摘されるべきなのではないか?

「覗く」という日本語のひとつの意味だけに執着して歌を解釈しようとするから、

訳の分からない深読みに流れていくのではないか?

その辺が気になった。

そんなこんなで32首の歌を批評して歌会は終わった。

ま、いずれにしろ歌会に出ていないと自分の批評の質が落ちているのははっきり

感じるところで、それはひいては自分の歌にも影響するはずであり、

ひさしぶりの歌会はいい刺激になった。

今年はやはりもう少し歌会に出ようと心に決めて、

歌会のあとの軽い一杯を飲んで家に帰った。


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  歌会風景


謝り方

事務所のファイアーウォールが5年の契約期間が切れるので買い替え。

業者が持ってきた見積もりは約90万。

税理士事務所は顧客の個人情報を扱うのでセキュリティーには気を遣う。

マイナンバー制度がスタートしてからそれがさらに厳しくなり、

ハードウェア型のファイアーウォールを使うようになったのはそれ以降である。

で、その見積もりで話をしていたのだが、

最大10%値引きできるという。

なら、その最大のところまで値引きしてくれよということで話して、

それではこの金額でということで契約することになった。

後で作られた契約書を見たら打合せのときと金額が違う?

「金額が違うけど?」と言うと。

「見積もりは税抜きです。消費税が10%かかりますので」との返事。

相手は若い営業担当とその上役の2人。

「おたくたち、ここで話聞いてたよな。俺は本体から10%値引きして、それに消費税

10%で合計〇〇円と言ったよね。おたくたち、その通りですと言ったよな」

「あ、ちょっと勘違いして話していました。見積もりは税抜きでして

言われてよく見ると見積書の端っこに小さな文字で税抜き価格と書いてある。

これでカチンときた。

「あんたら車買いに行ったら税抜きで話すか?  600万ということで話したら客は支払う

総額が600万ということで話してるんだよ。話が終わってから営業マンが660万の

契約書持ってきたら客は怒るだろうな。そもそも、ふたりで話を聞いていたのなら、

俺が税込みで話しているのは分かったろ。税込みだと幾らだとなぜ言わなかった」

若い営業担当、かなり焦ったらしく、

「私が悪いんです。最初説明したときに税抜きだということを言わなかったので」と

何度も繰り返す。

だまってそれを聞いていたら、上役の方が一度外に出て会社に電話、戻ってきて、

説明不足だったので値引きさせて頂きます、ただ、どうしてもこれ以上は値引きでき

ないところがあるので、そこはお願いします、ということで決着。

最初の見積もりは税込みだと約100万だったわけだが、

最終的に約82万で決着。

見積もりが税込みと思って交渉した金額よりは3万程多くなったが、

相手を困らせるつもりもないので、それで済ませた。

しかし

若い営業担当が「私が悪いんです」と繰り返して言うのを黙って聞いていたが、

どうなんだろうね。

アメリカ人は責任を認めることになるのであまり謝らないとか。

日本人はその場をうまくまとめるために取り合えず謝るのかな

あのとき私が、

「そうだよね。君が悪いんだよね。じゃ、責任取るしかないよね。

打合せした金額に契約書は変えてもらおう。差額は君が責任取ってなんとかしなよ。

だって君が悪いんだから仕方ないよね」

と言ったら彼はどうするつもりだったんだろう。

ま、心優しい税理士はそういうことを言わなかったわけだが(^^;

軽いジョークでそういうことを言ってやった方が、これからの彼のためだったかな。

謝り方って難しいのである。


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 今日の雪の射場

冬の上高地

冬の上高地に行ってきた。

先週数年振りに全面結氷したという諏訪湖で昼飯を食べ、

松本で高速を降りて中の湯温泉へ。

雪は去年と比べてちょっと少ない気がする。

翌日、宿の送迎サービスで釜トンネルに送ってもらい、ここから歩き始める。

1300mの釜トンネルとその先の上高地トンネルを抜けると上高地への雪道である。

たんたんと雪の積もった林道を歩く。

大正池を過ぎ冬季休業している帝国ホテルのところから梓川の方へ入り、

梓川沿いに河童橋を目指す。

天気は曇りで小雪がちらついているが、雪と林と梓川の流れのモノクロの風景が美しい。

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 釜トンネル 1300mくらいあるトンネルを歩いていく

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 釜トンネルとその先にある上高地トンネルを抜けると上高地への雪の道になる
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 大正池
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 帝国ホテルの手前から左に入る
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 梓川沿いの道。川の向こうに冬季休業で閉鎖しているホテルが見える
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 梓川沿いをゆく

しばらく歩くと向こうに河童橋が見えてきた。

釜トンネルから2時間で河童橋に着く。

冬の間に済ませるつもりなのだろう河童橋の周囲では護岸工事をやっていて、

重機の音がちょっと耳障りだったが、

それでもやはり冬の上高地は美しい。

今までで一番いい天気だったので岳沢湿原まで足をのばした。

静かな水の流れと雪と木立ちだけがあった。

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 河童橋へ

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 河童橋
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 岳沢湿原への道。道の真ん中に猿がいた。まわりにも猿がいる。
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 岳沢湿原
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 ただ静かである

河童橋に戻り昼飯を食べていると、10数人のグループがやってきた。

中国語を話す人もいて、今まで冬の上高地でそういうグループをみたことが

なかったのでちょっと驚いた。

下山してから調べてみたら、冬の上高地のスノートレッキングというようなツアーが

あるらしく、登山靴とかもレンタルしてくれるらしい。

おそらくそういうグループだったのだろう。

どうでもいいけど、素人みたいな人達が冬の上高地にやってきて、

帰りに天候急変してホワイトアウトしたりしたら大丈夫なんだろうか?

冬の上高地は昔のまま、一部の人だけが入れるところであって欲しいなと思った。

昼過ぎから天気が悪くなってきて、雪のなか林道を戻った。

歩いてゆくと白い世界にほかりとトンネルが暗い口をあけている。

このトンネルを抜けて娑婆に戻る。


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 河童橋から梓川沿いに戻る

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 雪の世界にトンネルがほかりと暗い口をあけている。このトンネルを抜けて娑婆に戻る。
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  帰りの日、中の湯温泉のロビーからの穂高と吊り尾根。
 昨日とはうって変わって良い天気。

自然薯

アーチェリーの射場の畑の隅に2年前、自然薯を植えた。

秋になると零余子が取れたが量は少なくて、

以前作った場所と比べて出来がイマイチなのかなと思っていたのだが、

その自然薯を掘りだしてみた。

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 自然薯を植えたところ、右側には菊芋を植えてある
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 茶色く枯れた蔓の先に自然薯があるはず

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年前植えたときは、収穫のとき深く掘るのが大変なので、

竹を半分に割ったもののなかに自然薯の苗を入れ、

それを横に敷くように植えてみた。

しかし、掘ってみると竹は出てきたが土と草の根が入っているだけで肝心な自然薯がない。

零余子は出来ていたのでないはずはなく、さらに探して掘っていると、

ようやく見つけた。

横に敷いた竹とは関係なく下に伸びていた。

竹に沿って育たず竹の横から下に根を伸ばしていったのだろう。

これはまた深く掘らねばならず大変だと思ったのだが、

30㎝くらい掘ると固い土の層が出てきて、それ以上深く掘れなかった。

植えた場所が以前と違い使わなくなっていた畑の隅で、

下の土が固いところだったようだ。

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 見つけた自然薯を掘るのだが、下の土が固い

皆で交代でスコップで掘るのだが、ともかく固くてはかどらない。

皆疲れてきて、テキトーなところで折って取り出した方がいいんじゃないかと

思いつつ、自分が言い出しっぺになるのは嫌なので我慢して掘る(^^;

我慢して掘っていたら、幸か不幸か途中で折れた(^^;;

折れなかったらあと何時間かかったんだろう。

他にもあるはずなのだが、時間がかかり過ぎて今日の収穫はこれで終わり。

掘りだした自然薯は来週摺り下ろして、射場でとろろ蕎麦を作って食べる予定である。

アーチェリーの射場、仲間達とこんなふうに季節を楽しみながらわいわいやっている(^^


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 収穫した自然薯 まだあるはずなのだがさすがに疲れた
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 こちらは菊芋

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