美ヶ原から下山して上田の別所温泉に泊まり、
翌日、横浜に帰る途中で無言館に立ち寄った。
無言館、上田にある戦没画学生の遺作や戦地からの手紙などを展示している美術館。
駐車場に着くと木立ちの向こうに無言館がある。
余計な装飾のない建物である。
中に入るとすぐに展示室である。入館料は出口で払うと書いてある。
ひとりひとりの画学生の簡単な案内があり、その作品と使っていた画材道具、
手紙や葉書が展示されている。
恋人の裸像を描いた絵があった。説明書きを読むと、
「帰ってきてこの絵の続きを書く」と言って出征したが、帰っては来なかった。
他にも妻を描いた絵、家族を描いた絵、自画像、風景、いろいろな絵があった。
戦地からの葉書はみなびっしりと字が書かれていた。
手紙や葉書を書くとき、人は相手のことを思いながら書くのだ。
しかし、この葉書の書き手は、その相手のところには帰って来られなかった。
夢があつたはずであり、愛があった。
しかし、彼らは帰って来られなかった。
戦争がなければ、すぐれた芸術を生み出した者もいたかもしれない。
戦争の愚かしさ、虚しさを感じないではいられない静かな小さな美術館である。
なんで、あんな愚かな戦争をしたのだろう。
時代のせいだったとか、軍国主義のせいだとか言う人がいるが、
時代とか軍国主義というバケモノがいるわけではない。
時代も軍国主義も人間が担ったのである。
一部の人間が、というのは違うだろう。
普通の国民が担ったのである。
軍人のせいだというのも問題の本質から目を背けている。
当時の軍人の大部分は徴兵された普通の国民であり、
将校以上はその時代のエリートだった。
戦後のエリートが大蔵省、通産省を目指したように、
戦前のエリートは陸軍省、海軍省、内務省を目指したのである。
普通の国民はなぜ容易く軍国主義に流れたのか。
そして、普通の国民は同じ容易さで戦後は平和を唱えたのではないか。
容易く語られた平和主義が、今、お花畑と揶揄されているのであろう。
戦争への反省は当たり前である。
しかし、容易く「戦争反対」とシュブレヒコールを口にしても仕方ないのである。
どうすれば平和を守れるのか、どうすれば過ちを繰り返さないのか、
























































