バルトロメ・デ・ラス・カサス。1484年に生まれ1566年に死んだスペインの聖職者。
父親がコロンブスの第二次航海にくわわり、本人も18歳で新大陸に渡った。
エスパニョーラ島でのインディオ討滅にも加わっている。
その後、コンキスタドールの一員としてインディオの分配を受け、
農園を経営したりしたのちスペインに戻り聖職者になる。
聖職者になったのちのラス・カサスは、
スペインによる新大陸のインディオ収奪の告発者になる。
いわゆる「新大陸の発見」とその後の新大陸へのヨーロッパからの移住は、
新大陸の先住民のホロコーストと同時進行だった。
人類の歴史上これほどまでに大規模におこなわれたホロコーストはなかった。
新大陸のそれと比べれば、
ヒトラーのユダヤ人虐殺さえ子供じみたものと思えるほどのものである。
ラス・カサスはそれを告発した。
それは、スペイン王室での論争となり、
やがて、国際法の夜明けにつながっていくわけだが、
日本ではあまり知られていない。
ラス・カサスの著作が彼の思想に染まっていてプロパガンダ的な部分があるのも確かで、
スペイン人によるアメリカ先住民の壊滅についてもその数字は誇張されている。
コロンブス以降のアメリカ先住民の劇的な人口減は、征服者たちによる虐殺と奴隷化は
もちろんあったが、一番大きな理由は先住民が免疫を持たなかった天然痘など、
旧大陸から持ち込まれた疫病である。
そういう部分はあるにせよ、
彼の属した時代のなかで彼は自分のなしえることをしようとした、
それは考えるべきなのだろう。
で、彼の著作『インディアスの破壊についての簡潔な報告』を読んで触発された歌を
短歌結社の毎月の詠草として4ヵ月ほど続けて出したのだが、評価は低かった。
自分で詠んでいて思ったのだが、叙事は短歌では難しい、
一首で伝えられるようなものならまだしも、
それを越えるならばどうしても事柄を説明しなければならず、
この「説明」というのが短歌には不向きなのである。
それを認識しながら4ヵ月、そういう歌を出した。
結社での評価どうのこうのではなく、自分で表現したかったからである。
で、4ヵ月間のその歌をここに出してみる。
叙事の難しさは詠んでいて感じていたことで理解できるところだが、
選者が落とした歌のなかには「この歌を落とすかい?」というのも幾つかあって、
こうやって並べてみると面白いかもしれない。
死者の声に耳を傾け、それを伝えたい。
それは短歌を始めた理由のひとつで、
短歌では叙事が難しいということは、
では、どうしたら死者の声を伝えられるのかという宿題を突き付けられたようで、
重く苦しんでいるのである。
本当に表現したかったのは死者の声を伝えること。
実は、時間がないから短歌をやっているだけではないのか?
そういうおのれへの疑念も消えないわけである。
それはそれとして、
面白いので試しに結社誌で採られた歌には〇、採られなかった歌には×をつけてみた。
ちなみに一連のなかに幾つかある残酷な歌は、結社誌ではみな落とされている。
ことさらに詠ったように選者はとらえたのかもしれないが、
その残酷な表現は殆ど『インディアスの破壊についての簡潔な報告』のなかの表現に
従っている。ことさら残酷趣味で詠ったものではない。
世の中も世界も歌詠みが思っているより残酷に満ちているのである。
〇 明けてゆく森の中から立ち上がる巨人のごとし高き梢は
〇 青年の夢とこれから見るものとラス・カサス朝の桟橋に立つ
〇 何事もなかったような青空を鸚鵡の群れは飛んでゆきたり
× 「インデペンデンス・デイ」の既視感は島に現れたコロンブスの船
〇 幾つもの王国があり平原は緑なりけりインディオの島
× 十二使徒に捧げるために吊るされてインディオ達のあまた火炙り
× 遠景にインディオの国滅ぼされ女王アナカオナ吊るされにけり
× 足や腕首が散らばり日が暮れてスペイン人は行ってしまいぬ
〇 黄金の国とよばれしジパングが彼等の憧れであったということ
× 9条の具体のような人達を絶滅させてエスパニョーラ
〇 違和感のように真っ赤な花が立つスラムの脇を通り抜けたり
〇 かく赤くダリアの花のひらくときモクテスマ王の深き悲しみ
〇 滅ぼされし都市のひとつに数えられテノチティトランの絵図は鮮やか
× 「信仰を教えるためにインディオの分配を神は許したまいき」
× インディオの分配を受け農園を拓きしひとり若きラス・カサスも
〇 夕暮れの露店に並ぶ骸骨のキャラクターどれも目は虚ろなり
〇 コルテスの「悲しい夜」 否、メキシコの美しい夜月はのぼりぬ
× 吊るされるインディオの王に改宗を勧めるほどの度胸があれば
× 「天国にキリスト教徒が行くのなら私は天国に行きたくはない」
〇 不都合は忘れてしまう明るさにメキシコの空どこまでも青
〇 人間を駆除するためにやってきた白い神なりビラコチャという
〇 インカの王縊られし朝おごそかに神父は神の愛を語りき
× 虐殺の村に佇むラス・カサスそれから歩む遥かなる道
× 怒りすら風化してゆく時の量(かさ)サクサイワマンの石は冷たし
× コンドルはかなたの峰に還りゆき果てとは青の領するところ
〇 石段に吾を振り向く少年の瞳は黒しクスコの夕べ
〇 石段の下から夕闇やってきてクスコの街は日暮れてゆきぬ
× クリスティナとウーゴを知らぬ若者のグラスを置いて聞く「花祭り」
× インカの兵斃れただろう石段にヒールの音はさえざえ響く
〇 燭明にあまたなる死を書き記すラス・カサスその影の揺らめき
〇 滅ぼされし国と民との列なりに新大陸は撓んだ大地
〇 インディオの坑夫たらふく呑み込んでポトシの山は銀を吐き出す
× 猟犬の餌にするためインディオを連れて領主の狩りの隊列
× 人間のタガが外れる容易さに新大陸もアウシュヴィッツも
〇 簡潔な報告としてインディオのあまたなる死は伝えられにき
〇 「キリスト教徒の良心の覚醒」論争ははるかスペインの地に
〇 執筆と論争に暮れしラス・カサスついにインディアスに還らず
× 救いとはいかなるものか褐色の聖母はミサの高きところに
× インディアスその壊滅を種として国際法の夜明け遥けし
〇 メスティソの村の外れに高く立つあれはヌマスギたぶんヌマスギ
このブログにコメントするにはログインが必要です。
さんログアウト
この記事には許可ユーザしかコメントができません。