湘南の歌会が終わって、近くの店でちょっとお茶orアルコールを嗜みながら

しばし歌談義。そこで出た話題が、今月の結社誌の百葉集に出ていたこの歌。

  「しらさぎ」は吹矢のごとく降る雪を逃れて北陸トンネルにいる

                              / 石橋泰奈

今年から結社の主宰になった吉川宏志さんの選でこんなふうに批評している。

「列車がトンネルに入る様子を『吹矢』にたとえた発想が、とてもおもしろい。

『しらさぎ』という名称もよく効いている。ただ、語順が問題で、『吹矢のごとく』が

『降る雪』に係るように見えてしまうのが、もったいないところ。整理するともっと

よくなる歌であろう」

この歌について女性陣が異議をとなえた。

「『吹矢』は『降る雪』に係るんでしょ?  吹矢のように雪が降っている、そう読むのが

自然ですよね。吉川さんの批評がちょっと分からないんだけど」

ということ。

語順からすれば確かにその方が自然である。

しかし、私は一読して、「吹矢」は「しらさぎ」を修飾していると読んだ。

つまり、

(列車の)しらさぎ」は「吹矢」のように北陸トンネルに入っていった。

そういう読みである。

なぜ、「吹矢」が「降る雪」に係ると思うのか、女性陣の話はこうである。

「雪の降る感じを『吹矢』のようだと表現してるんでしょ、ほら、沢山の矢が斜めに降って

くる感じ」

手で矢の落ちてゆく様子を表現しながらそう言うのだが、

それは普通の弓矢である。

沢山の矢がそうやって落ちてくるイメージというのは、

弓兵隊が一斉に放った矢のイメージであって、吹矢のそれではない。

この辺は、子供のときに吹矢を吹いたことのある人間なら分かる。

吹矢は直線にひゅっと飛ぶ。

ただ、射程が短い。

アマゾンに住む人達が狩猟で昔から使っていたようだが、

それも、かなり長い吹矢を用いる。

長いのを用いるのは、短銃身の拳銃より長銃身のライフルの方が命中精度が高いのと

同じで、ひとつには命中精度の問題だろうが、

おそらくもうひとつは、射程が短いので、可能な限り獲物に近いところまで

吹矢の射出口を持ってくるためであろう。

そういうシロモノだから武器としてはあまり使えないだろう。

武器として使うなら、矢が小さいので毒でも塗らなければあまり役に立ちそうにない。

しかし、音がしないので、どこかに隠れて毒矢で相手を狙撃するには使えるかもしれない。

忍者とか暗殺者とかなら使えそうだ。

子供の頃、工事現場に捨ててある細い塩ビの管を拾ってきて、ちょうどよい長さに切り、

先の尖った円錐形の紙の矢を作り、それで遊んだものである。

ボールが飛び込むと怒鳴る近所のうるさいオヤジの家の柿の木にそっと近づき、

柿の実に狙いを定め、ひゅっと吹く。

うるさいオヤジの家の柿の実に白い紙の矢がぶすっと刺さったとき、

少年はスナイパーの歓びに目覚めるわけである(^^;

そういうふうに真っ直ぐひゅっと飛ぶ、それが吹矢のイメージ。

雪の降る野を列車のしらさぎが真っ直ぐひゅっと走ってゆく、そしてトンネルに消える。

それが「吹矢」のイメージであって、

降っている雪に吹矢のイメージを重ねるなら、かなり強い調子で降っている白い雪の線、

そういう風雪を思い浮かべなければならないが、

孤独なスナイパー、あるいは密林のハンターが使うものである吹矢が、

あまた飛んでくるというのも、ちょっとイメージ的にどうかなと。

「トンネルに入るのが吹矢のイメージと違うでしょ、吹矢なら出ていくんだから」

女性陣はこうも言うのだが、

アーチェリーをしているとこの辺も分かる。

的の中心、スポットといわれる黄色い部分だが、そこに真っ直ぐ矢を射ったときは、

矢が吸い込まれるように黄色いスポットに消える。そんなふうに見える。

おそらく吹矢も同じだろう、そのイメージ。

結局、その日、その歌についての話は、

子供のときに吹矢で遊んだことのある男性陣と、遊んだことのない女性陣で全く

意見が異なった。

自分の経験や知識を越えて歌を読むのは難しいということを、

あらためて認識したのだった。

楽しく飲んで語って、それでも7時前には終わりにして、楽しい一日だった(^^

 150321_142618

  先週の土曜、アーチェリーの射場で採った今年初めてのタケノコ
  今年はタケノコが早い。採ってその日のうちに食べると柔らかくて美味しい