2014年05月

全国大会

5月の仕事が終了。

税理士にとって3月決算の申告月である5月は確定申告と並ぶ繁忙期。

それが終わって、これでちょっとひと息つける。

ひと息ついたついでに短歌結社から送られてきた結社誌をつらつらと眺めていたら、

年に一度の全国大会の案内が載っている。

今年は京都で開催。

結社の全国大会は通常2日間の日程で行われる。

1日は講演等、これは会員以外の一般の人も参加できる公開のプログラム。

もう1日は会員だけで歌会をやる。

全国大会だと200人ぐらいの会員が集まるので、

歌会もかなりの人数ですることになる。

ひとつひとつの歌会に何人かの選者がつくことになり、会場確保の都合もあって、

そう細分化して開くこともできないのだ。

いきおい、ひとつの歌会が40人を超えるとか、そんな感じになり、

歌会としてのキャパシティーは越える。

どうしても、駆け足の歌会になって不完全燃焼感は否めない。

ま、個別の歌会のあとで、選者の評を聞く全体歌会があることはあるのだが、

肝心の歌会が不完全燃焼でいまいちなので、もうここ何年、

全国大会は一般公開のプログラムだけ聞きに行く感じの参加になっている。

で、今年の全国大会の案内を見ていたら、

個別の歌会は開かず、全体歌会のみを開く形でやるらしい。

人数多すぎて歌会として成立しないので、選者が集中的に批評していく感じで

やるのだろうか?

それならそれで、選者の評を聞きに行くと割り切って行けば、不完全燃焼感もないかも

しれず、今年はひさしぶりに2日間の全日程で参加しようかと思いつつ案内を読んでいて、

ふと、気付いた。

全体歌会は3回に分けて行われるのだが時間は3回合わせて5時間20分。

これで200首の詠草を批評していくとすると、

一首あたりの時間は1分36秒。

......。

やめた(^^;


1分36秒で一首の歌を批評するというのは、深い批評は期待できない。
200首の歌をざっと撫でてゆくだけの感じになるのではないか?
それとも何か、違う形式での批評を考えているのだろうか?
以前は「批評団方式」というのもあったけど、これだって個別の歌会でのこと。
ま、結社がマンモス化するに従って、運営上はいろいろ問題が出るんだろうな...。
不完全燃焼を味わうために2日間つぶすのもなんなので、
今年もやはり一般公開のプログラムだけ聞きに行こう。
そのあとはひとりでどこか気の利いた宿に泊まり、京都の街を歩くのがいい。
全国大会の懇親会もあるのだが、
正直、歌詠みのオジサンやオバサンと飲んでいると疲れる(^^;;
どうも、フツーのビジネスマンの感覚とずれる人多いんだよな...(^^;;;
それより、飲めるところを探しながらひとり暮れてゆく京都の街を歩いている方がいい。
そんなとき、歌神は降臨するのである。

  五条から四条へ続くほそき道暮れて月下に人影を見ず


この歌もそんなふうに京都の街を歩いていたときに湧いてきた歌である。

 140530_150049
     横浜はもうすぐ開港祭
 

寡婦控除

数日前の新聞に、未婚の母である女性が寡婦控除の適用を求め川崎市に対し行政不服審査

を起こしたという記事が載っていた。

記事が不正確だったので、「なんで行政不服審査? 国でなくて市?」と思ったのだが、

調べてみると、保育料や健康保険料の負担の軽減を求め、

市に対して「みなし適用」を求めたものだった。

寡婦控除というのは、死別あるいは離婚で配偶者を失った者の税負担力を考慮し、

所得税において一定の金額を課税所得金額の計算上控除するものである。

住民税にも同様の規程があり、健康保険料や保育料の計算は大抵、住民税をもとにするの

で、そちらの計算にも影響する。

つまり、寡婦控除が適用されればそれらの負担が少なくなるわけで、

川崎市で行政不服審査を起こした女性の場合、

寡婦控除の適用がある場合とない場合で20万以上の負担の差があるらしい。

シングルマザーで子供を育てている人にとって、この金額はかなり大きなものだろう。

で、この寡婦控除、税法の規程では婚姻をした者にしか認められない。

つまり、未婚の母には適用がないのである。

しかし、一部の自治体では、経済的に困窮している未婚の母子家庭の救済と、

婚姻をしていたか否かで取り扱いを変えることへの不公平感を考慮して、

婚姻をしていない場合も寡婦控除の適用を認める「みなし適用」をおこなっている。

川崎市はまだそれをしていなかったので、女性は行政不服審査をおこしたわけである。

寡婦控除については、以前、税理士会の支部のなかで税制改正の要望意見のとりまとめを

していた部で発言したことがある。この寡婦控除、もうひとつの問題があって、

男性と女性で取扱いに差があるのである。(男性については寡夫控除)

女性の場合、扶養親族がいれば収入に関係なく適用を受けられるが、

男性の場合、扶養親族がいることの他に、合計所得金額500万以下という収入制限がつく。
性によって条件が違うのはおかしいという話をしたわけだが、
そういう話をすると、物知り顔で薀蓄をたれるのがいるのである。
「寡婦控除というのは、戦争で夫を失った戦争未亡人を救済するために作られたもの
だから、男と女で条件が違うのは当然ですよ」
こういう間抜けな話、聞きたくないのである。
戦争が終わって69年、今この国に子供を養っている戦争未亡人というのはいるのか?
法律が作られた経緯はさておき、現在、寡婦(寡夫)控除というのは、ひとり親で子供を
育てている者や残された配偶者の税負担能力を考慮したものと考えるべきもので、
それについて男も女も
関係あるまい。
ひとり親で子供を育てている父親はこの国には掃いて捨てるほどいる。

男の方が稼ぐことができるからだという意見もあるが、その辺は性別に関係なく所得制限
をもうければいいだけの話である。
そして、問題としてもうひとつは、性によって取扱いに差を設けるということが、
法の下での平等を保障した憲法14条に違反する性差別にあたるおそれがある、
ということである。

かって、そういう話をしたのだが、税理士会の税制改正の要望には反映されなかった。
ちなみに今年、弁護士会で出した法律の改正要望のなかに、寡婦控除について、
未婚の母にも適用すべきというのが入っている。
本来、税法のプロである税理士会が出すべきものを、弁護士会が出しているのである。
租税法の大家であった今は亡き松沢智教授は「税理士よ法律家たれ」と言ったが、
どうも、税理士の業界を見ていると、そういう意識は薄いようである。
未婚の母の母子家庭、ひとり親で子供を育てているシングルファザー、
困窮している彼等を税負担の面から救済する役割は、
本来、税法のプロであり法律家であるはずの税理士が担わなければならないところ、
税理士は必ずしもそういう役割を果たしていない。
「税理士よ法律家たれ」

その言葉を胸に刻んできた一人として、残念でならない。

 IMG_0600
  浅草 三社祭

歌会

先日出席した歌会、いつものように詠草二首出したら、

「今月は三首連作の歌会です。もう一首お願いします」とのこと。

え?! そんなこと言われたって...。

そのメールを読んだのは詠草締め切りの日で、おまけに用事があってすぐに出かけないと

いけなかった。仕方ないので今回の歌会はパスしようかとも思ったが、

とりあえず、数分で31文字並べたのをもう一つ作って送った。

で、歌会。

まず選歌をするのだが、

結論から言うと、連作の選歌って疲れる(^^;

普通なら一首一首を読んでいって、それなりの基準で選歌するわけだが、

同じように一首一首を読み、さらに三首の連作としてはどうなんだろう、ということを

考える。読む歌数も多くなるし、そうやって繰り返し読んでいると、

一首としてはいいが、連作としては...ええい、もういいや、という気分に

なってくる(^^;;

で、その歌会で気になった歌。

連作としてではなく一首としてだが、

人まばら光まばらな北辺へ桜前線がのぼってゆく、

そんな歌意の歌。

連作としてみたとき、詠いだしの歌にあたるわけで、次の二首目へのつながり方はいいと

思ったのだが、どうも気になった。

しかし、歌会では好評でその日の最高得点。もちろん連作としてであるが。

出席者のコメントも好意的なものばかりで、問題点を指摘するものはなかった。

しかし、私は疑問を持った。

この歌が、作者がいま北辺にいて、その情景を詠っているのなら

私は違和感を覚えなかった。

しかし違う。作者は北辺にいない。

作者は北辺を想像して詠っているのである。

実景ではなく、北辺を想像している表現として読んだとき、

「人まばら」はいいとして「光まばら」はなんだろう?

曇っている?

北辺でも天気のいい日はあるだろう。

ダイアモンドダストがきらきら光る北辺もあるわけで、

北辺=光まばら、という安直な表現が私は随分気になった。

ステレオタイプな北辺のイメージ、そういうものに頼った表現という気がした。

実景ならなんの抵抗もなく受け入れられる表現も、想像の風景の描写として読むと瑕を

感じることもあるわけで、他の出席者はそういうことを思わなかったのだろうか?

それと、初句二句は「人まばら」「光まばら」とリズムを合わせていることが見てとれる。

想像の表現としてステレオタイプであるところに、リズムを合わせるためにそういう表現を
しているのが透けて見えるというのが重なってしまうと、
瑕が目立ってくる。

本来、歌会でその辺についての指摘が出るはずなのだが、

全く出なかった。

で、それを言おうとして爪を研いで待ち構えていたら、

「では総評お願いします」とあっけなく振られてしまい、発言の機会を失した。

うーん...。不完全燃焼(^^;;;

ちなみにこの歌、作者の見当がついた。

メンバーの固定した歌会では、ある程度、詠草の作者が推測できてしまうわけで、

それが批評にもなにがしかの影響を及ぼしてしまうとしたら、

ちと問題ではあるのだが...。

それはそれとして、その日の私の詠草。

例の数分で作った三首目の付け焼刃を見抜かれ見事に轟沈したのであった(^^

140506_124940

  八海山の稜線から望む魚沼平野

ソーセージとウインナ

ひさしぶりにアーチェリーの射会に参加。

普段は午前中にファーストを回り、午後からセカンドを回るのだが、
今回は射会が終わってからバーベキューをするということで、
午前中にファースト・セカンドを続けて回ってしまう。
みんな、今日はバーベキューを楽しみたいという感じで、
コースを回るのも、割とさっさと回ってしまった。
天気も良く、肉や焼きそば、射場でその日の朝採った筍の天麩羅などなど、
美味しい食事を楽しんだ。
で、その食事の最中にこんな会話。
「ソーセージが焼けたよ~」
「それ、ウインナじゃないの?」
「ソーセージとウインナ、違うんだっけ?」
「ウインナソーセージが正しい言い方、同じだ」
「ソーセージはドイツ語で、ウインナは英語」
「ウインナはウィーンで作られたソーセージ」
と、みなてんでばらばらの事を言うので、
帰ってから調べてみた。
まず、ソーセージというのは、
豚肉や牛肉を塩や香辛料で調理し燻製処理して腸詰にしたもの。
で、ウインナは、太さ20mm未満で羊腸を使用したものであり、
ウィーンで作られたので、ウインナソーセージと呼ばれるようになったらしい。
つまり、ウインナはソーセージの一種類。
それと、ソーセージの語源は英語でドイツ語ではない。ドイツ語ではヴルストというらしい。
ちなみに、フランクフルトソーセージは太さ20mm以上36mm未満で豚腸を使用する。
これもフランクフルトで作られたので、そういう名がついた。

もっと太いのはボロニアソーセージで、太さ36mm以上、牛腸を使用。イタリアの
ボローニャ由来だそうだ。
ケージングの材料として動物の腸を使うから、

それぞれの土地で多く飼われていた家畜を反映しているのかもしれない。

オーストリアでは羊、ドイツでは豚、イタリアでは牛が多く飼われていたということか?

日本のソーセージの始まりは第一次世界大戦で捕虜になり日本に連れてこられたドイツ兵が、収容所で作ったのが始まり。当時の日本は第二次大戦の頃とは違い国際法を順守する

国だったので、捕虜達は比較的自由に過ごすことが出来、自分達で食料を作ったりもした。

ソーセージもそうして作られたわけだが、

その頃の日本には羊はあまりいなかったかもしれないので、

ウインナではなく豚の腸でフランクフルトを作ったのだろうか?

彼等は自分達で作ったソーセージを食べながら戦争が終わるのを待っていた。

そのなかのひとり、アウグスト・ローマイヤは戦後も日本に残りソーセージを作り、

ロースハムは彼の会社で作られたのだそうだ。

彼の作った会社は、彼の死後も営業を続け、その後彼の親族の手を離れ今も存続している。
ハムで有名なローマイヤがそれ。
なにげない会話からいろいろ調べていくと知識がふくらんで面白い。

140503_115421
  射場の金蘭 ちっょとピンボケ

危機対応能力

韓国の旅客船セウォル号が沈没して三週間程になる。

最初、ニュースを見たとき、海の上で横倒しになった船の映像が流れたが、

乗客の大部分は救助されたと伝えられたので、

見事に横倒しになったもんだなぐらいに軽く聞き流していたのだが、

その後、報道の内容は変わり、悲惨な事故であることが明らかになった。

この事故は、幾つかの異様さを浮き出した。

杜撰な運航管理や検査、事故後の対応、大人達の責任感。

今、韓国は悲しみに沈んでいる。

今回の事故に限らず交通機関その他での大小の事故が頻発しており、

それらを解決するためには国を改革するくらいの意思が必要なのかもしれぬ。

一部の評論家はそれを語るにあたって日本と韓国との文化の違い等も持ち出しているが、

その内容の是非はともかくとして、多くの子供達が犠牲になった事故をもって、
そういう二国間の比較の話はして欲しくない気がする。

東日本大震災の犠牲者の遺族と、今回の沈没事故の犠牲者の遺族を比較して、

なぜ、韓国の人はああも感情が激しいのかというようなことを言う向きも一部には

あるようだが、

不快な比較だ。

今回の沈没事故の異様さのひとつは、子供達を乗せた船が沈んでいくのを多くの国民が

生中継で見たことであり、自分の息子や娘が生きながら水葬されるのを見せられて、

それでも自分が冷静でいられるかどうか考えてから、そういう話をするべきだろう。

いずれにせよ、今回の事故を見て気になるのは、
危機対応能力である。

東日本大震災のとき、宮城県の大川小学校では教師達が子供達を校庭に留め、そのために

本来なら助かるはずの多くの子供達が津波で死んだ。

今回のセウォル号、その場を動くなという船内放送に子供達が素直に従ったのは、

やむをえないとして、引率の教師達は疑問を抱かなかったのだろうか?

このまま船室に子供達を留めることがあるいは危険かもしれないという、素朴な疑問を

彼等は抱かなかったのか?

もちろん、あるいは彼等はそういう疑問を抱き、船員や船長に問いただそうとしたのかも

しれず、なんらかの行動をしていたのかもしれない。それは分からない。

将来起きるであろう東南海・南海の大地震。

そのとき、学校にいる子供達の安全を守らなければならないのは教師達である。

教師の危機対応能力。

それを向上させるような取り組みが行われなければ、

いずれ、大川小学校やセウォル号の悲劇がこの国で再び繰り返されるかもしれない。

危機対応能力の向上というのは、一度や二度の防災訓練や安全教育で身につくものでは

ないはずで、長期的な取り組みが必要になるだろう。

くだらない日本と韓国の比較論などしているひまはないはずだ。

キナバル5

一夜明けて今日はコタキナバルでの最後の日、明日の朝の飛行機で帰国する。

せっかくだから今日は一日観光をしようということで、まずはジェッセルトンポイントへ。

コタキナバルから沖の島への船はここから出る。

チケット売り場の建物に入るとブースが並んでいて行き先が書いてある。

SAPIと書いてあるのを見つけて行くと、すぐに船が出るという。

帰る時間を指定してチケットを買い、すぐに桟橋へ。

ほとんど待ち時間なしの状態で船に乗れた。

最初になんとかというほんの小さな島に立ち寄り、その次がマヌカン、最後がサピ島。

この島もたいして大きくはなく、ビーチで遊んだりシュノーケリングをしたりする人が

主であるらしいのだが、島をぐるりと一回りするトレイルがあるというので来てみた。

ビーチの左の方からトレイルルートに入るのだが、ちょうどそのあたりはオオトカゲが

よく出てくる場所だそうで、なるほど、行くとゆうに1m以上はある二匹のオオトカゲが

取っ組み合っていた。しばらくオオトカゲの取っ組み合いを眺めてから、その奥の

トレイルルートへ。足下を見ると、さっきのオオトカゲの子供か?というようなトカゲが

いたり、いかにも南のジャングルらしい木があったり花が咲いていたりする。

IMG_0550
  取っ組み合いを終えて森に帰るオオトカゲ
IMG_0551
  熱帯らしい板根の木
IMG_0552
  足もと見るとオオトカゲの子トカゲ?
IMG_0553
  なんの実?

道は島の尾根に登ってゆくのだが、しばらく歩いていて、聞こえてくる音が気になった。

まるで非常ベルのような高い金属的な音が聞こえてくる。

最初はなんの音か分からなかった。

「あれ、ひょっとしたら蝉か? 息継ぎしないから鳥じゃないよな...」

「うん、蝉だろうね...」

熱帯のジャングルの高い金属音のような蝉の声。

不思議なものを聞いた気分で歩く。

キナバルの森よりむしろジャングルらしい感じがする。

キナバルは標高が高いので、ジャングルという感じがするのは下の方だけである。

このトレイルルートは40分ほどで島を一周して、もとのビーチに戻ってこられる。

時間があまって仕方ないので、ビーチの店でビールを飲んで時間を潰す。

ここは45リンギットでビュッフェ方式の飲み放題食い放題、ただしアルコールは別。

しかし、いざ食事をしようとしたら、「待て、12時からだ」と言う。

同じような店がビーチに複数あるのだが、どうやらそういうルールでやっているらしい。

冗談じゃないよ、12時の船で帰るんだということで、少し早く食事をさせてもらった。

食事はなかなか美味しかった。時間がないという我々に気を使ったのか、店の女主人が

皿に盛った鶏肉を持ってきてくれた。

IMG_0555
 サピ島での昼食、なかなか美味しかった

このサピ島で気になったのは、綺麗な海で泳いでいる観光客達。

最初の日に船をチャーターして行ったガヤム島はこのサピ島のすぐ隣。

あの水上集落から直線距離で4kぐらいしか離れていないのではなかろうか。

あの貧しい水上集落、おそらく糞尿はそのまま海に流しているだろう。

潮流がどうなっているか知らないから分からないがどうなんだろう?(^^;

実際、サピ島のトレイルルートをぐるりと歩いて対岸のガヤムに近い海岸に出ると、

ゴミが沢山あった。あれはサピで棄てられたゴミか、ガヤムで棄てられたゴミか...。

ま、普通の観光客は有名なところにしか行かないわけで、ああいう水上集落を見ること

もあるまい。気が付かねば幸せということもある。

それに、水上集落から海に落ちた糞尿は下で待ち構えている魚達が処理して自然に還る

のだろうから、どうということもないか(^^;;

IMG_0547
  サピ島の桟橋 対岸がガヤム

コタキナバルに戻り、昼からはクリアス川のリバークルーズに出かける。

市内から南に車で2時間程、ブルネイとの国境に近いあたり。

ここのクリアス川の流域にテングザルが住んでいるというので見に行く。

これは現地ツアーを見つけてそれに乗っかって行った。

全部で10人程で他のメンバーもみな日本人。

川に到着して船着き場でアフタヌーンティーののちボートに乗って出発。

川の流れは穏やかで、いかにも熱帯ジャングルのなかの川という感じ。

川の両岸のジャングルのなかに猿がいないか探しながら行く。

少し行くと早速テングザル発見。

木の向こうでよく見えないのだが、ちょっと大きめの猿が枝に座っている。

日本語の上手なガイドが

「皆さんは運がいいです。見られないときもあります」と説明してくれる。

さらにそのあとも、ベッカムモンキーやカニクイザル、枝の上で昼寝しているオオトカゲ、

大きなくちばしの犀鳥などいろいろ見られる。ちなみに現地の人はオオトカゲを捕まえて

食べるのだそうで、鶏肉に似ていると言っていた。ワニも見られるというので水面にワニが顔を出していないか探したのだが、ワニは見られなかった。

川の岸辺にはたまに家がでてきて、ガイドの話ではブルネイ族が住んでいるのだそうだ。

IMG_0556
  クリアス川
IMG_0557
  ここからリバークルーズ
IMG_0559
  分かりにくいが真ん中辺の木の枝にテングザルが座っている
IMG_0566
  木の枝の上で昼寝しているオオトカゲ
IMG_0568
  ベッカムモンキー
IMG_0571
  写真右半分の真ん中辺にくちばしの大きい犀鳥がいる
IMG_0574
  ベッカムモンキーの群れ
IMG_0576
  これはカニクイザル
IMG_0580
  テングザル 手前の木の実は川辺に結構あって、青いリンゴのようだが、
  毒があって食べると花火が見えてあちらの世に行けるとガイドが言っていた
IMG_0583
  テングザルの母子
IMG_0586
  テングザルのオス 鼻が大きいのが分かる
IMG_0587
  お休み態勢に入ったオオトカゲ(小さめ)

夕方までそんなふうにクルーズを楽しみ、一度船着き場に戻って夕食。同行になった他の日本人達と楽しく話をしながら食事をとる。ボルネオまで魚釣りをしに来たという二人組

の青年もいた。暗くなってから再びボートに乗り川へ。今度はホタルを見に行く。

しばらく暗い川を行くと、向こうに木の形に光っているものが見えてくる。

川辺の木にホタルがたくさん集まって光り、木の形が浮かび上がるのだ。

船を操縦している現地の人が「クリスマスツリー」と言っていたが、

まさにホタルのクリスマスツリーという感じ。

こういう木が何本かあり、幻想的な光景。

船の方にもホタルが飛んできて捕まえてみると、ほんの小さな虫だった。

沖縄の西表島で見たホタルに似ている。

IMG_0590
  クリアス川の夕べ
IMG_0592
  夕食はマレー料理
  ホタルの木については写真なし
  興味のある方はネットで「ホタルの木」「ホタルのクリスマスツリー」で
  検索すれば、我々が見たのと同じような光景の写真を探せます

楽しい時間を過ごし、車でコタキナバルに戻る。

ガヤムの水上集落、キナバル登山、サピのジャングルに鳴り響く金属音のような蝉の声、

そして今日のクリアス川。

今回のボルネオの旅は内容の濃い旅だった。

気の合った仲間と非日常の世界を旅するのは楽しい。

こういう旅をすると、自分が少し変われる気がする。

明日は日本に帰る。車の窓から夜空を見上げるとサザンクロス(南十字星)が光っていた。


 

アーカイブ