プチ湯治 丹沢中川温泉

仕事に追われる確定申告の季節。

仕事ばかりしていると人間つぶれるので必ずブレイクを入れる。

大抵、伊豆の温泉に行ったり、丹沢の雪山をさくっと登ったりしているのだが、

今年は丹沢の檜洞あたりを登り、そのあとは中川温泉で泊まろうと思っていた。

しかし、結局、三連休も休日返上しなければならない有り様(^^;

三連休初日は午前中だけアーチェリーに行ってそのあとは仕事。

檜洞に登りに行こうと思っていた二日目も昼過ぎまで仕事しなければ終わらなくなり、

結局、山は諦めて予約していた温泉だけ泊りに行った。

東名を走り大井松田で降りて中川温泉、一時間半ほどで着く。

途中、道の駅のあたりで河津桜が咲いている。

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  道の駅の近くの河津桜

そのまま中川温泉の信玄館に入りプチ湯治。

なにしろ腰を痛めているので月に一度は湯治に行かないと仕事に差し支える。

というか、それを口実に温泉に行く(^^;;

それにしても今年の丹沢は雪が少ない。

2月あたり、雪の多い年の檜洞は稜線に出ると上越あたりの雪稜を思わせる雰囲気が

あったものだが、近頃は雪が少ない。

で、今年は雪が少ないを通り越して、雪がない(^^;;;

雪は春まで山に水を湛える天然のダムであり、

こんなふうに雪が少ないと山が枯れてしまうのではないかと心配してしまう。

温泉に入り、痛めている腰を温め、夜は飲んで寝る。

確定申告の真っ最中、これくらいのリフレッシュはしないと体がもたない。

翌朝、付近をちょっと歩いてみた。

この季節の丹沢でよく見かけるミツマタが黄色い花房をぶらさげていた。

さて、三連休最終日だが今日も横浜に帰ったら、このまま事務所に行って仕事。

これが自由業の厳しいところである。

時間を調整して平日に遊びに行くことも出来るが、

忙しいときは日曜も連休も関係ない、

それが自由業の世界。

ま、そういう世界で20代から生きてきたから三連休仕事しても苦にはならないのだが(^^


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  ミツマタ
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  中川川 向こうの山にもまるで雪がない

難民支援 アフガニスタンを忘れない

国連UNHCR協会からのメッセージを転載します。

アフガニスタンを忘れない

メール文面が表示されない方はこちら

国連UNHCR協会 難民問題の明日に架ける橋 ブリッジ

シリア国内避難民の父親と3人の子どもたち

このままでは、4人に1人しか助けられない
シリア緊急事態

関野裕之様

シリア危機が始まって丸9年になろうとしている今、北西部イドリブ周辺では戦闘が激化し、今も子どもを含む市民が空爆で命を奪われています。UNHCRは、相次ぐ緊急事態への対応に全力を挙げ、破壊された家や病院、学校などの修復と支援活動にあたっています。
しかし、支援に必要な資金は28%しか集まっておらず、このままでは4人に1人しか支援が届けられなくなる状況です。1人でも多くの命を守るために、今すぐご支援いただけないでしょうか。

戦闘激化 シリア北西部イドリブ周辺

昨年2019年から、シリアの北東部カミシリ周辺と北西部イドリブ周辺で激しい戦闘が起こり、新たに多数の避難民が出る事態となっています。シリア北西部イドリブ、アレッポ周辺からの避難民は昨年12月以来、約90万人* 218日現在)にのぼり、現在も増え続けています。その約8割は女性と子どもたちです。
UNHCR
は避難してくる人々を迅速に保護し、緊急援助活動に全力であたっています。

イドリブから逃れた避難民の男の子

パキスタンに逃れるアフガン難民の少年

世界で最も長く続く難民危機
アフガニスタンを、忘れない

アフガニスタンでは、1979年のソ連侵攻以来紛争が絶えず、戦闘やテロで子どもを含む民間人が多く死傷してきました。シリアに次いで世界で2番目に多い約270万人の難民を出しており、世界で最も長く続く難民危機の一つです。戦闘に加え、干ばつによる深刻な食料不足も深刻です。UNHCRは難民の帰還事業に長く尽力し、現在も緊急支援から自立生計支援に至るまで、様々な支援にあたっています。

トピックス

難民アスリート ヨナス・キンディ選手が初来日 東京の街を駆け抜けます

難民選手団として2016年から活動するヨナス・キンディ選手(エチオピア出身)が 、今春、都内で開催される、あのマラソン大会に難民アスリートとして初出場するため、初めての来日を果たします。祖国の英雄であるアベベ選手に強い憧れを抱いてきたヨナス選手。「アベベ選手が偉業を成し遂げた東京で走ることをとてもうれしく思います。さまざまな人からのサポートさえあれば、難民も力を発揮することができるというメッセージを伝えたいです」と話しています。
公的イベントの中止・縮小が相次ぐ状況下ではありますが、長年の夢をかなえたヨナス選手の力走を、ぜひ応援いただければ幸いです。
初来日の詳細はニュースリリースページでご覧ください。

陸上競技指導者 瀬古利彦さんが国連UNHCR協会の「国連難民サポーター」に就任!

「走ることで社会に恩返しを」

この度、国連UNHCR協会の国連難民サポーターとして、陸上競技指導者の瀬古利彦さんが就任しました。
東京オリンピック・パラリンピックに難民選手団がやってくる今年、走ることを通じて難民の人々に寄り添い、日本社会に難民の生きる力を伝えるために活動します。
ぜひ今後の活動に、ご注目ください!

瀬古利彦さん

【小中高教員と学生の皆様推奨】
難民についての教材活用セミナー 長崎・埼玉・横浜・千葉にて開催 参加無料

2017年夏よりのべ22回の実施を数えご好評いただいております「難民についての教材活用セミナー」を、今年の春は長崎、埼玉、横浜、千葉にて行います(前回の様子はこちら)。
このセミナーは、教職員や学生の方々など難民についてご関心をお持ちの方々に、探求的な学習や各教科の教科指導、人権教育や平和教育、キャリア教育における活用、グローバル人材の育成やアクティブラーニングへの貢献を目的として実施されるものです。

セミナーの様子

内容としては、難民問題やUNHCRについての基礎知識に加え、当協会が開発したワークショップ『いのちの持ち物けんさ』と『あるものないものワークショップ』の実践方法の伝達やディスカッションなどを行います。
新年度の授業に難民のことをとりいれ、児童生徒の皆さんが視野を広げて自ら考えていく授業を行ってみたいてみたいと考えられている先生方、世界の今と自分にできることを知り考えるきっかけを探している皆様、ぜひ奮ってご参加ください。

本セミナーについての詳細と申込はこちら
難民についての授業の広場

UNHCRの長年のパートナーである 株式会社 富士メガネが「第3回ジャパンSDGsアワード」を受賞しました

詳細はこちら

UNHCR駐日事務所インフォメーション

UNHCRIOCから「オリンピック・カップ」を授与】

2020110日、UNHCRは国際オリンピック委員会(IOC)から2019年「オリンピック・カップ」を授与されました。

オリンピック・カップは1906年、近代オリンピックの父ピエール・ド・クーベルタン氏によって創設され、スポーツにおける意義ある取り組み、オリンピックのアイデア推進に貢献した組織に毎年贈られています。今回UNHCRは、スポーツを通じた難民と受け入れコミュニティへの支援、世界各地でのオリンピック・ムーブメントの価値の普及が評価されての受賞となりました。

バッハIOC会長からオリンピック・カップを受け取るグランディ高等弁務官

現在、東京五輪で結成が決まっているIOC難民五輪選手団としての出場を目指し、20カ国・50人の難民アスリートがIOCの奨学金を受けてトレーニングを続けています。11の競技(陸上、バドミントン、ボクシング、自転車、柔道、空手、射撃、水泳、テコンドー、重量上げ、レスリング)から、最終的な出場選手は6月に発表されます。

つづきはこちら

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(通話料無料)
または 03-4366-7373 [平日10時~19時]

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遺言状

「そうでしたか、そういう遺言状でしたか」

「はい、私は嬉しくて

電話の向こうで奥さんが泣いていた。

依頼された相続、遺言状が出てきたので、

家庭裁判所で検認してもらった。

公正証書遺言以外の遺言状は検認が必要である。

これをしないで遺言状を隠したり破棄したりすると相続権を失う。

家裁に手続きして実際に検認してもらうまで一か月ほどかかる。

その検認が終わって奥さんから電話がかかってきたのだった。

遺言状の内容は、子供達に向けて「お母さんを大切にするように」という内容で、

遺産の分割等についてはなんにも書かれていなかったらしい。

家族への願いを伝える内容で、

法律的には意味のあるものではないので、あらためて遺産分割協議は必要になる。

正直言って、相続の仕事で遺言状が出てくる度に少しひやりとする。

とんでもない内容が書かれていたらどうしようかと思う。

幸い、今までそういうケースにぶつかったことはないが、

どこそこに子供がいるから認知するとか、

あるいはどこそこの女性に5000万遺贈するとか、

そんなことが書いてあったら、あとは修羅場である(^^;

ま、ひやりとはするが、

やはり遺言状はあった方がいいのだ。

遺産の分割について納得する内容ではっきり指定されている方が、

相続が争族にならなくてすむ。

遺言状を書く方も、

家族がその遺言状の内容ゆえに不仲にならないよう、

心して書いた方がいい。

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    梅林

車選び

若い頃のことを思い出し、なにやら再び突っ走りたくなって、

車が欲しくなった。

ここ20年ほどはもっぱら四駆に乗っている。

子供達をスキーやキャンプに連れて行ったり、山岳会の仲間と出かけるのには

大きな四駆が便利だった。

そういうシーンも少なくなり、もう大きな四駆の出番はなくなってきた。

一番最初に買った車は中古のホンダのアコードだった。

26才のとき、勤めていた会計事務所の顧問先の車屋に頼んで40万で売ってもらった。

鮮やかな黄色の2ドアのハッチバックで、突っ走って楽しむにはいい車だった。

スタイルもなかなか良くて、あるとき道に停めていた車に戻ろうとしたら、

女子中学生達が車の前で、「この車カワイイ~」と言っていた。

彼女達が去るまで自分の車に戻れなかった(^^;

そのあとフォルクスワーゲンに乗っていたが、走っている最中に調子が悪くなり、

ちょうど三菱のディーラーがあったので、そのままそこに入り、「これ下取りしてくれ」

と言ってミラージュを買った。それ以来、三菱の車を使ってきたが、

三菱の車はつまらなくなった。マニュアル車がなくなり、

新型デリカは前から見たらまるで電子レンジだ。

カルロス・ゴーンは経営は効率化したかもしれないが車はつまらなくした。

で、去年、仕事用の小回りの利く車に新型ジムニーを買った。

乗っていて気付いたが、この新型ジムニー、

135kを越えたあたりでスピードリミッターが働く。これはよろしくないな。

金払えばスピードリミッターはカットできるが、

そもそも軽で突っ走っていても恰好はつかないのである。

大きな四駆も飛ばすような車ではない。

ということで、腰痛対策のプチ湯治(最近、腰は痛くないのだが)のついでに

伊豆や箱根のスカイラインを走って楽しめる車を探してみた。

まず、運転を楽しむ車はマニュアルでなければならぬ。

ゴーカートじゃあるまいし、オートマではダメ。

これだけでまず選択肢が少なくなる。

あと、フォルムが美しくなければならぬ。

走ればいいってもんじゃない、車は美しくなければならない。

最後に、ゴールデンレトリバーのさくらが乗れなければならず、

そのためにはセダンではだめでハッチバック。

幾つか候補を出して、ちょっと試乗してみた。

先日試乗に行ったのは、今年出たホンダの新型シビックハッチバック。

試乗したときの第一印象「運転席低っ!

ここ20年程、背の高い四駆ばかり乗っていたので、そう感じるのであろう。

アクセル踏むと加速はスムーズで悪くはない。

シビックハッチバックにはその発展型のタイプRがあるが、

車幅1880という普通車にしては大きい車体は、仕事には使いにくいかもしれない。

営業マンに聞いたら、タイプRはアクセルをちょっと踏んだだけでかなり加速するんだ

そうで、それを聞いた息子、

「やめとけ、年とって壁に突っ込む」

確かに、スーツ着てネクタイ締めてサーキット走れるような車でぶっ飛んでくる

税理士って、危ない税理士に思われるかもしれん(^^;;

タイプRに目が行くと見劣りはするけど、仕事にも使うことを考えれば

選択肢に残すのはハッチバックかな。

あと、カローラスポーツとかも見に行ってみようと思っている。

ちなみに、新しい車を買うと娘に言ったら、

「デリカ可哀想、私あのデリカ好きだったのに」

「デリカはもうしばらく残す、当面、車3台になるけどな」

「残したって使うこと減るでしょ、デリカに浮気して新しい愛人作るみたいなものよ」

違うってば…(^^;;;

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  試乗した新型シビックハッチバック

歌会

ひさしぶりの横浜歌会。

例によって気になった歌。

誌面発表前なのでここには出せないが、

少女は額をあらわにし風に向いて孕みし者は女児だと言った。

そういう歌意の歌。

ちなみに歌意を伝えるよう言葉を並べているので、

これだけ読むと全然、短歌という感じがしないだろうが、

それは仕方ないと思ってもらうしかない(^^;

横浜歌会では選歌をするのだが、この歌を選歌したのは私だけ。

四句が歌を曖昧にしていて意味が取りづらく明らかに未完成な歌なのだが、

なにか興味を感じたのである。

歌会での批評の基本は出された詠草をその表現に寄り添って読むことである。

歌の表現そのままに読めばこの歌は、

「少女は妊娠したのは女児だと言った」ということになる。

この場合の「女児」は「少女」以外の女性であろう。

しかし、私はどうしても引っ掛かるところがあった。

「少女」についての描写が細かい。

「額をあらわにして風に向いている」そういう描写からは少女の覚悟のようなものを

感じた。さらに「少女」と「女児」という言葉の選び。この言葉の使い分けはなんだろうか。

私は「歌会での批評の基本から外れるけど、この『孕みし者』というのは、

『孕みたる子は』ということではないのか?  つまり、額をあらわに風に向かって立って

いる少女は自分の腹のなかの子は女の子だと言った。そういう歌ではないのか?

少女の覚悟のようなものが感じられる。そうでなければ少女の描写や言葉の選びを

説明できないのではないのか」

それに対して、当然に反対意見が出るわけである。

確かに基本通りに読めば「少女は妊娠したのは女児だと言った」なのであり、

上句の少女の描写はすなわち少女の抗議で、「女児」という低年齢の者が妊娠させられた

ことに対する怒りではないのか、つまり紛争地での性暴力あるいは犯罪に対する抗議と

いう意見があった。

しかし、私は同意できなかった。

そういう歌ならば「女児」という言葉は変えた方がいいはずである。

「少女」の怒りであるならば、12歳以下の学童が「女児」だなどという行政が使うような

言葉を使うのは違和感がある。「十二歳が」とか「十一歳」とか「小学生」とか、

そういう言葉を持ってきた方がいいのではないのか。

それと、少女の描写について、「怒り」と断定できるのだろうか。

たぶん、下句の言葉から少女の怒りだろうという読みだと思うが、

少女の毅然とした姿から、「怒り」が感じられるか、あるいは「覚悟」が感じられるか、

どうなのだろう。歌に使われている言葉をそのまま読めば少女の毅然とした姿は「怒り」

なのかもしれない。しかし、私はどうも、一首全体から伝わるものは、

性暴力に対する怒りというような、単純なものではないように思えてならなかった。

四句の曖昧さゆえだとは思うが、私は「怒り」は感じることが出来なかった。

なにかこう不思議な感じがするのだ。

どうしてもその辺が引っ掛かったのであるが、

この辺については歌会での批評は深まらなかった。

で、歌会が終わってから作者に聞いてみた。

なんでも、奥さんが妊娠したとき、全然知らない少女がやってきて、

「女の子だよ」と言い当てた。そういう不思議な経験をしたらしく。

それがもとになってはいるらしいのだが、

作っているうちに自分でもよく分からなくなった状態の歌を出したらしい。

作者も分からないような歌、どうやって読むんだ(^^;;

ま、それはそれとして、

一首で使われている言葉そのままだけで歌を読むか、

あるいは一首全体から伝わってくる雰囲気・気配、そういうものにも目を向けて読むか、

歌会での批評の仕方を考えさせる、ちょっと面白い歌ではあった。

歌会のあとはいつものように飲み会。

月集に昇欄したことをおめでとうと言ってもらったが

吾が師匠、岡部史さん曰く「月集は墓場」。

まあね、確かに結社誌開いて一番最初に出てくるところだけど、

それにしては無風地帯という気はする。

俺は墓場行きなのかな…(^^;;;

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  批評で頭を抱えているKさんを窓の外から見ているヒヨドリ

水平線に立つ子

   日本海の水平線に子が一人立っている透明な海が足首浸し

                           花山周子「塔1月号」

 

不思議な歌である。

歌の情景を考えたとき、

ひとつは実景として、作者が対象を見ている角度の関係で、渚か堤防の上か、そういう

ところに立っている子供が水平線に立っているように見える、

そういう読みであろう。

あるいは実景としては読まず、

水平線に子供の幻が立っている、そういう読みもある気がする。

いずれの読みが正しいのか正直言って分からない。

「子が一人立っている」という客観的な表現からは、

その「子」が作者の子ではないようにも思える。

で、「透明な海が足首浸し」。

この「透明な海」というのはほんものの海だろうか?

そう考えると、やはり水平線に立つ幻の子供なのか?

あるいは、この部分がこの歌を抽象的な歌にしているのであって、

それはむしろ作者の意図かもしれない。

実景として渚に立つ子の姿から、

あるいは作者は幻の子供を想起させるように作ったのかもしれない。

正直言ってこの歌を読みきれないでいるのである。

音は6,7,5,10,10のようだが、

6,7,5,5,8,7のようでもある。

この破調はそれほど気にはならない。

意味は読み取れないのだが、

明るい広い海の情景が浮かんでくる。

読み切れないが、気にかかる。

気にかかりながら、なにか気持ちのいい情景の広がりを感じる。

歌は読めなくてもいいと思っているし、

歌は読むよりも感じ取るものだと思っている。

もちろん、それは読む努力を尽くしたうえでの話ではある。

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  先週に続いて、ちょっと走りたくなって伊豆へ。
 伊豆はスカイラインとか走って楽しい道が多い。
 天城越えの道のコーナーを攻めながら、
 頭の中には石川さゆりの天城越えがオートリバースで聞こえている。
   寝乱れて隠れ宿
   九十九折り浄蓮の滝
   舞い上がり揺れ落ちる
   肩の向こうにあなた...
 伊豆は既に桜の季節。
 河津桜が咲き始めていた。 

走る

椿大神社。

「つばきだいじんじゃ」ではない。「つばきおおかみのやしろ」と読む。

祭神は猿田彦命。天孫降臨の神話でニニギノミコトを道案内したという神である。

ゆえに、導きの神と言われる。

ちょっと突っ走りたくなって、日帰りでドライブ。

4時半に家を出て東名、あえて新東名に入らず旧東名を走る。

この時間は旧東名の方が明けてゆく海が見れて気分がいい。

ところどころにあるオービスは130kまでは反応しないので(らしい)

気にしないで無視する。もちろん、若い頃のように飛ばしたりはしない。

東名から伊勢湾岸と走って4時間程で伊勢の椿大神社。

杉の巨木に囲まれた社という感じで印象深い神社である。

名物だという鳥飯で朝食を食べていると、バスが来たのか次々と参拝者がやってきた。

関東ではあまり知られていないが、こちらでは割りとメジャーなのかもしれぬ。

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  椿大神社
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  杉の巨木に囲まれた社
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  白い椿が咲いていた。満開のときは奇麗なんじゃなかろうか
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  隣の別宮 椿岸神社

再び高速に乗り、滋賀の方に行く。

途中で一般道に降り、甲賀の里のあたりを走り抜けて琵琶湖を目指す

冬の甲賀の里は走っていて気持ちがいい。

琵琶湖の湖岸道路を走って長浜へ。湖北の山は雪をかぶっているようだった。

右を見ると伊吹山も白くなっている。

長浜の黒壁スクエアの辺りを歩いてテキトーに土産を買い、

北陸道、名神、新東名と乗り継いで18時半に横浜に還った。走行距離900k

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   琵琶湖

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  黒壁スクエア

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  長浜の古い街並み

山ばかり登って勉強もしなかった学生時代が終わり、

税理士になろうと勉強を始めた。

その頃、好きな女性がいたのだが、

いろいろあって、愛情とわだかまりがないまぜになったような気分のまま会わなくなった。

安い給料で働きながら先が見えない受験生活を始めた23くらいの若造には、

「待っていてくれ」ということは言えなかった。

というか、言う意気地がなかったのだ。

そういうとき、父親の車を引っ張り出して、ひとりで突っ走って気持ちを紛らわせていた。

その頃から車をころがすのは嫌いではない。

今は昔のそんな話はどうでもいいのだが、

この歳になってふと思うのである。

自分のしたいと思ったことの半分も出来なかった。

憧れたことの多くは実現できなかった。

「待っていてくれ」と言えなかった意気地のなさが実は根底にある気がする。

一歩を踏み出すのに慎重だった。

そういう意気地のなさが、やりたかったことの多くを夢で終わらせた気がする。

そんなことを思ったとき、

再び、若い頃のように車を走らせたくなったのである。

 

寡婦(夫)控除

  寡婦控除適用なしと伝えれば未婚の母は鼻で笑いぬ

 

以前詠んだ歌である。

いわゆる未婚の母は所得税の寡婦控除の適用を受けられなかったのだが、

今年の税制改正で適用を受けられるようになる。

それと、男性のみが所得制限のあった寡夫控除も改正される。

税理士会支部の制度部で支部としての税制改正要望のとりまとめに関わっていたとき、

この寡婦控除について意見を述べたのを覚えている。

未婚の母が適用を受けられないのは可哀想だ、

子供の養育のために必要なのであり親が既婚だろうと未婚だろうと関係ないだろうと。

それと、男性のみにあった所得制限については、

「性で差別するのは憲法に反する、所得制限を廃止するべきだ」と発言した。

改正要望についてはその要望の理由も当然付記するのだが、

「憲法まで持ち出さなくていい、だって税法で決まっているんだから」という

分けの分からない理由で憲法違反という理由は排除された。

税法で決まっているから憲法は関係ないって、どういう意味だ?

法律や行政に枠をはめているのが憲法だろ、

税法が憲法に反することを決めていたら変えなきゃいけないのである。

かれこれ10年以上前の話だが、

昨年の自民党の税制調査会でようやく「憲法上、問題がある」という話が出た。

一体、何年かかったんだ?

ちなみにこの部分については、

改正前は寡夫控除の適用を受けるのには男性のみ500万以下の所得制限があるのに、

女性については所得制限がなかった。

で、今年の改正では女性にも500万以下という所得制限をつけて、

性差による差別をなくすらしい。

そっちかよ!!

男性の所得制限をなくして女性と同じにするのかと思ったら、

女性にも所得制限つけて男性と同じにするの!?(^^;

う~ん

ちょっとけち臭い性差解消ではあるよね(^^;;


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   昨年12月、雲南にて
 撮ったときは梅かと思ったが、あとで写真をよく見たら幹が桜チック。
 調べてみたら雲南では12月あたりに冬桜が鮮やかに咲くのだそうな。
 ちなみに桜の向こうにある白いのは辛夷にそっくりだった。
 雲南はもう春であろう。

明けましておめでとうございます

今年の正月、元日は家の近くの小さな神社で初詣をし、

3日あらためて伊勢山皇大神宮に初詣。

元日の伊勢山は初詣の人が延々と行列していて、

一度などは桜木町の駅のあたりまで続く行列を見て諦めて帰ったりしたものだが、

3日だと少なくなるのか行列もなくすんなりとお参りできた。

行列に並ぶのは嫌いな方なので、来年から初詣は3日にした方が良さそうだ。

4日は自分だけ事務所に出て仕事。

全国的には9連休だったようだが、9日間も休んではいられない。

なにしろまだ年末調整が終わっていない。

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  伊勢山皇大神宮

5
日はアーチェリーの射会&新年会。

毎年2日がアーチェリーの初射ちなのだが、

2日は所用あって来られず常連仲間とは今年初めての顔合わせ。

で、射会の成績は残念ながらケチョンケチョンだった。

正月の酒飲み過ぎたかな…(^^;

奮起して来月以降の射会は頑張りたいと思う。

と言っても他の用事がぶつかって出られないことの方が多いのだが。

射会のあとは中華料理屋で新年会。

ちなみに我々、射場でずうっと焚火にあたっていたので、

店の人達「ずいぶん煙臭い客だな」と思っただろう。

和気藹々と飲んで食べて楽しみ二次会はカラオケ、懐かしい歌をめいっぱい歌って帰った。

今年もひとつ頑張っていこうと思う。

 

そういうことで、今年もよろしくお願いします(^^


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  射場 水仙が咲いた

2019年の年の瀬に

2019年が終わる。

今年も結構忙しかった。

仕事の方はやはり、平成27年以降の相続税の基礎控除引き下げの影響だろう、

相続税関係の仕事が増えている。

来年以降もこの傾向は続きそうだ。

山はたいして行けなかった。

毎年恒例の上高地も今年は天気の関係で槍穂は登れず、蝶が岳に登ってきた。

海外の登山も、ペルーのレインボーマウンテンことヴィニクンカに行ってきたが、

あれは登山というより5000mのハイキングである。

来年もどこか登りたいが、どうなんだろう。

先日行った雲南とチベットも印象的だった。

若い頃、世界を放浪したいと思ったものだが、

安い給料で働き、仕事が終われば税理士試験の勉強で明け暮れていたので、

一年も二年もかけてあてもなく世界を放浪するなんてできるわけもなく、

今は今で忙しくて行けるはずもない。

結局、憧れは憧れで終わったわけだが、

やはり、ただ憧れるのではなく憧れを実現する努力をする、そういう姿勢は大切である。

短歌の方は時間がとれない一年だった。

今年は何回歌会に行けたのかと数えてみたら7回だった。

以前、多いときは月に4回くらい歌会に出ていたのに随分と減ってしまった。

そんな状態で納得のいく歌が詠めるわけでもないのだが、

先日、結社から昇欄の通知がきた。

今のような状態で昇欄ね

昇欄の大盤振る舞いでもあったのだろうか(^^;

来年はもっと納得のいく一年を過ごせるようにしたいと思う。

人生に遅すぎるということはなく、

常に憧れを実現する努力をしていなければ人はいずれ後悔するのだ。

 

今年の「つれづれ日記」への書き込みは今日で終わります。

今年一年ありがとうございました。

また来年もよろしくお願いいたします。

それでは良い年をお迎えください。

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  アーチェリーの射場の無患子 まだ黄色い葉が少し残っている

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