海を知らぬ

海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり

                         / 寺山修司

 

夏である。

夏といえば海。

海といえば寺山修司のこの歌がある。

もう何年も前になるが、この歌についていろいろ批評があったような気がする。

「麦藁帽のわれは両手をひろげていたり」というのは、

海を知らない少女に海の広さを教えているという説と、

海を知らない少女の前に両手を広げ通せんぼをしているという説。

正直、そういう読みもあるのかなあと思った。

私は素朴に「海の広さ」説である。

「通せんぼ」説は言われるまで浮かびもしなかった。

確かに一首の表現からは「通せんぼ」というのも読めるだろう。

「われ」の描写が他者を見ているような表現だということが、

「通せんぼ」説が出てくるひとつの要因である気がするのだが、

言葉を操り一首を組み立てる、そういう作り方をする人間にはこれは理解できる。

見たものだけを詠うのが短歌の詠み方ではなく、

見てもいないものをしゃあしゃあと詠う向きもいるわけである(^^;

たぶん、寺山もそういう一人である。

なにかを詠おうとするとき、実際には存在しないその映像を鮮やかに思い浮かべる。

そしてそれを見ながら詠う。

そういうとき、「われ」も他者を見るように詠えるわけである。

表現に曖昧さが残るのもそれゆえである気がする。

いずれにしろ、そういう詠い方をした寺山は短歌から演劇の世界に移り、

虚構のなかに人間の真実を浮き上がらせようとした。

寺山にとって短歌より演劇の方が表現には向いていたのだろう。

ところで、どうでもいいようなことだが、

この歌の「麦藁帽」の読みは「むぎわら」でいいのだろうか?

それとも「むぎわらぼう」か?

ワンビースの「麦わらのルフィー」を見慣れていると、

「麦藁帽」も自然に「むぎわら」と読めるのだが、

寺山の時代、「麦藁帽」の読みは「むぎわら」だったのか「むぎわらぼう」だったのか?

ルビがないのは「むぎわらぼう」ということか?

ちょっと気になったのである。


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インパール平和資料館

NHKの朝のニュースでインパール平和資料館の紹介をしていた。

昨年の4月、インパールを訪ねたが、そのときに立ち寄ったレッドヒルの麓に

平和資料館は作られた。

確か今年の6月末にオープンしたはず。

レッドヒルはミャンマーからインパールに続くティディム道の途中にあり、

インパール作戦の激戦地のひとつ。

昨年行ったときは、インド平和記念碑と少し離れた場所に日本軍の慰霊碑が

あるだけの場所だった。

そのときインパールの戦跡を案内してくれたアランバムも、

今回のインパール平和資料館の建設に係わったスタッフのひとりらしい。

アランバムは地元インパールでガイドをしながらインパール作戦の研究をしている。

個人的にも資料館を作っていて、あるいは彼の資料館の資料も多少寄贈したのだろうか?

あるいはニュースにアランバムが出てくるかと思って見ていたが彼は出てこなかった。

インパールとコヒマ、さらに飢えた日本軍が退却していった白骨街道の入り口まで

行ってきた。そのあたりはしばらく前まで外国人が入れなかったナガランド。

マニプールにはモンゴロイド系の人が多く、

インパールの空港では外国からの観光客は別途チェックを受けないといけないのだが、

なぜか私はそのカウンターの前を声をかけられることもなく素通りしてしまった。

観光客に見えなかったらしい(^^;

ナガ族と間違えられたのかもしれない。つまり、そのくらい日本人と顔立ちが似ている。

インパールは広やかな土地だった。

こんな広やかな土地で戦車も大砲もなくどうやって戦うつもりだったのか、

インパールで最初に思ったのはそれだった。

その辺のことは昨年の4月このブログに書いた。

ニュースを見ながら、インパールのその広やかな風景を思い出した。

飢えた兵士達がミャンマーに退却していったインドとミャンマーの国境の山々の

風景を思い出した。

平和を語るなら戦争を知らなければならない。

自分の足で戦場を訪ね、自分の目で戦場を見なければ、

そこで戦った兵士達の悲惨を知ることは出来ないだろう。

インパール平和資料館が平和のために戦争を記憶する場所として

あり続けることを願っている。

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   インパール平和資料館  出典 日本財団

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  昨年4月行ったときの写真 レッドヒル

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  インド平和記念碑

射会

通っているアーチェリーの射場で毎月一回開いている射会。

二か月連続で優勝を逃し2位だったので、今月こそはと臨んだ。

暑いさなか、山のなかのコースを歩き12個の的を射る。

午前中のファーストはまあまあの点数。

昼食後、的への距離を変えてセカンドを回るのだが、

そこで力尽きた(^^;

実は、7月の始め、病院で血圧が高いと言われた。

ホントは他のことが気になったので病院に行ったのだが、

気になっていた方の事は杞憂で、血圧の方を指摘されてしまった。

毎年、人間ドックに行っていて特にこれというほどの問題はなかったのだが、

今回はなにやら血圧が高かった。

塩と脂肪をひかえろと言われて一か月、

この前、病院で測ったら血圧は正常に戻り、体重は一か月で4k減った。

「この調子でいけば大丈夫ですよ。特に治療の必要もありません」と医者は言って

くれたのだが、当の本人は一か月、ひもじい思いをした(^^;;

塩と脂肪のないものを食えと言われたら、食べられるもの限られるのである。

食べられるものがなくて「先生の言う通りにしていたら体こわしますよね」と本当は

言いたかったのだが、医者には言わなかった(^^;;;

で、お昼からのセカンド。

腹が減って力が出ない(^^;

昼飯は食べたのだが、この一か月減量してきてしかも熱中症になりそうな暑さの中を

歩いたのが効いたのだろう。「腹へった~」と愚痴を言いながら歩いて点数を落とし、

結局4位。

「もうしばらく我慢すれば胃が小さくなって腹が空かなくなるんじゃないですか?」と

一緒に回った常連仲間に言われたが、そんなもんだろうか(^^;;

まあね、ひさしぶりにストイックな気分味わえた一か月だったから別にいいんだけど、

それにしても、月に一度くらいは分厚いステーキにかぶりつきたい気がする(^^;;;


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ひまわり

ひまはりのアンダルシアはとほけれどとほけれどアンダルシアのひまはり

                           / 永井陽子

 

夏である。

夏といえばひまわり。

ひまわりと言えば、永井陽子の歌を思い出す。

「ひまはり」「アンダルシア」「とほけれど」

この三つしか言葉はない。

そのリフレインだけで一首が構成されている。

短歌の表現手法のひとつリフレインの話になると大抵この歌が例歌として出てくる。

そのくらいリフレインが見事な歌。

リフレインが一首を音楽のように、あるいは呪文のように立ち上がらせる。

一首を読んだとき、読者の脳裏にはアンダルシアのひまわり畑が広がる。

そして、その美しいひまわり畑の広がりがただあるばかりに歌は消えてゆく。

この歌に意味はない。

歌を詠むとき、歌に意味を持たせてしまうことはよくあることである。

別にそれが全否定されるものではないと思うのだが、

必要以上に意味を持たせるとやはり失敗するのだろう。

かくいう自分もやらかす。

叙事の歌などを作っていると、その傾向はある気がする。

自分もそういう失敗をするので、永井陽子のこういう歌を読むと、

う~ん、凄いなと思う。

ただ、この歌、

何度読み返しても寂しい。

アンダルシアの明るいひまわり畑の風景のはずなのだが、

一首を読んだあとには、美しいひまわり畑の情景とともに一抹の寂しさが残る。

結句「ひまはり」の「り」、イ行の音で歌が終わっている。

一首の最後で音がすぼむ。

「ひまはり」の最後の「り」の音で、読んできた一首の音はすぼむように消えるのである。

もちろん、この歌がリフレインで構成されている以上、

初句の「ひまはり」が結句に来ているだけと言えばそうなのかもしれないが、

一首を読んだときにぱっと広がる情景とは別に、

読み終えたとき、音がすぼんで消えるように終わる、その効果。

読後に残る寂しさ、それをもたらすひとつの理由はここにある気がする。

そこにないものを詠ったゆえの寂しさ、それだけではないはずである。

そして、この歌の寂しさには断念のようなものすら感じる。

永井陽子について多くは知らないが、

たった三つの言葉のリフレインで読者にそういう思いをさせる。

凄いと思う。

取り入れてみたいが難しそうである。

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榛名山神社

うすぐ梅雨明けという週末、榛名山へドライブ。

若いころは山登りに行くついでにヘアピン続きの林道を突っ走って面白がったものだが、

今はそういういささか乱暴な走り方はしない。普通に走って楽しい道がいい。

関東なら伊豆や箱根のスカイライン。

あの辺は太平洋や駿河湾あるいは芦ノ湖が見えて気分がいい。

栃木の日塩道路も新緑や紅葉の季節は楽しい走りが出来る。

少し遠いけど福島の吾妻スカイラインのあたりは日本離れした火山の風景が印象的である。

榛名山道路もそういう楽しい走りが出来る道のひとつ。

早朝、横浜を出て関越道、渋川伊香保のインターで降りて榛名山へ。

途中、伊香保温泉の有名な石段の下を通るがまだ9時前なので、ほとんど人がいなかった。

この先で道は山に入りカーブが続くようになる。

かなり霧が出ていて、先行車が道を譲ってくれようとしたのだが、その先の霧のなかから

対向車があらわれたらたまったものではないので、追い抜かずにそのまま走る。

コーナー続きで登ってゆく道の途中には展望台もあるのだが、ガスっていてなにも見え

ないのでそのまま通過。やがて霧が消えてきたあたりで登りは終わり平坦になる。

榛名山のカルデラである。このカルデラのなかに榛名湖がある。

結局、榛名山の中腹がすっぽり霧に覆われている感じだったらしい。

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  榛名湖

この先、伊香保方面とは反対側に少しくだったところに榛名山神社がある。

榛名山神社は1300年くらい前に建てられたらしいのだが、

入口の随神門はなにやらお寺の山門のようである。

なんでも神仏習合の時代、榛名山神社はお寺だった時代もあって、

そのときに仁王門として建てられたのが、今の随神門なんだそうな。

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  随神門の前の参道
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  随神門

門をくぐると谷の流れを右に見て少し高いところに参道が続いている。

境内に谷があるというのがちょっと珍しい。

杉の大木が随所にあり、昼でも暗い谷という感じ。

その先、崖の下に鉄骨で補強をしたようなところをくぐり歩いていくと、

手水があり谷の向こうにはみすずの滝が落ちている。

この先の急な階段を登ると社務所のある平坦なところに出、

そこから左に回り込むように階段が続く。

この階段は岩峰の下の門に続く。双龍門である。

曇っていて少し霧がかかっているのだが、それがむしろ雰囲気に合っていて、

深山幽谷奇岩のなかの社という趣がある。

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  随神門をくぐると参道が続く 右側は谷になっている

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  みすずの滝 建物は手水舎
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  双龍門

この双龍門をくぐると本殿がある。

ちなみに本殿の横の建物が工事中で、これがちょっと残念。

この本殿、後ろに屹立している御姿岩という岩につながっているというのか食い込んで

いるというのか、そんな変わった作り。

なんでも、その御姿岩の洞窟のなかにご神体が祭られているとか。

つまり、御姿岩がホントの本殿であって、人間が作った本殿はその入り口ということか?

後ろの御姿岩と本殿がつながっているあたりの写真とか撮ったのだが、

残念ながら天気がイマイチで暗いピンボケの写真しか撮れなかったので、

見たい人はどうぞ現地へ(^^;

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  本殿、この後ろに御姿岩という岩峰がある。
 曇って暗かったので写真がピンボケばかり。

榛名山神社をあとにして、もう少し走りを楽しみたいので、

榛名山から北の吾妻渓谷の方に下り四万温泉まで足を延ばす。

四万温泉のやまぐち館は1000円で気分の良い露天風呂での日帰り入浴が出来る。

のんびり温泉に入り昼食をとり、四万から渋川、そこから関越道に乗る。

榛名山神社、四万温泉と楽しんで夕方には横浜に帰ってきた。

新車

去年9月に契約した新型ジムニー、やっと納車になった。

10カ月。契約したときは1年待ちと言っていたから多少早くなったというところか。

それまで使っていたパジェロミニが13年で16k走ったのでその代わり。

仕事で使っていると、やはり小回りの利く車の方が都合のいい時があるし、

相続の仕事の現地調査などでは、先日の山林の調査のように狭い林道に入っていくこと

もあるわけで、ワンボックスだけでは不便。やはり小さい車がもう一台欲しかった。

納車してもらいひさしぶりにマニュアル車を運転した。

パジェロミニもマニュアルだったが、

今年の3月で車検が切れたあと使っていたワンボックスはオートマ。

オートマって、ゴーカートみたいで、

やはりマニュアルの方が車を転がしているという気がして楽しい。

なぜ自動車メーカーはマニュアル車をあまり作らなくなったのだろう。

確かにオートマの方が運転はしやすいけど、

車にはもともと「面白さ」というのがあったはず。

最近そういう面白い車が少なくなった気がする。

三菱もアウトドアのマニュアル車を作らなくなり、そういう根強いファンは三菱から

スズキに流れた。三菱は客を失ったはずである。

カルロス・ゴーンは経営を効率化したかもしれないが、車はつまらなくしたかもしれない。

テレビでスズキが「遊び心あるねえ~」とハスラーのコマーシャルをやっているが、

たいして遊び心があるようにも見えないハスラーでそういうキャッチコピーが出てくるの

は、面白い車が減ったということの裏返しであろう。

さてさて、それにしても運転席に座ると、よくわからないスイッチとかがあったりして、

しばらく戸惑いそうだ。営業マンが一生懸命操作の仕方を説明してくれだが、

使っていれば分かるだろうくらいの気持ちでいるので、あまり真剣に聞いていない。

自動ブレーキも「マニュアル車で自動ブレーキ効いたらエンストしないの?」と聞いたら、

「自動ブレーキが利くときは、エンストもなにもともかく止まらないといけない時です」

と言われた。

なるほど、そういうものか(^^;

若い頃のように、車転がして楽しむという歳ではないのだが、

やはり新しい車を運転していると楽しい(^^


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射会

先週雨で順延になったアーチェリーの射会。

今回も天気はいまいちだったが、

一部常連の今週こそはやろうという無理押しで開催(^^;

幸い、小雨は降っていたが気にするほどでもなくコースを回る。

35mの射ち上げから始まって、10mの小的、50mの遠射、15mの射ち下ろし・・・と

全部で12の的を射ちながら山のなかのコースを回り、その点数で競う。

ハンデがつくのでベテランと初心者も一緒に試合が出来るところはゴルフに似ている。

だからフィールドアーチェリーは弓を使ったゴルフともいわれる。

だいたい一時間くらいで回れるのだが、

午前中にファースト、午後から的への距離を変えてセカンドで2回まわる。

ちなみに、フィールドアーチェリーを始めてからそれまで悩まされていた腰痛が消えた。

起伏のあるコースを歩くのが足腰にいいのだろう。

で、射会の方はハンデに助けられて2位。

ちなみに先月も2位で、どうも邪魔するやつがいてふた月連続で優勝を逃している(^^;;

2位の賞品は商品券3000円。

参加費分稼いで少しおつりがきた(^^

雨も途中からやんで、わいわい常連仲間と話をしながら楽しい休日だった。

この次は頑張って1位を狙いたいと思う。

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  当日は天気いまいちだったので、これは他の日の写真
 50mの射ち下ろし。ここでビシバシあたると気分がいい。

歌会

雨でアーチェリーの射会が延期になったので横浜歌会に出席。

で、気になった歌。

例によって発表前なのでここには出せないが、

憲法九条抜粋が黒々と胸にあるTシャツが2000円、

みたいな歌意の歌である。

当日の出席者14名中8名が票を入れた最高得点歌。

つまり作者を除いて票を入れなかったのは5名だけ。

ちなみに私は票を入れなかった5名のひとり。

票を入れなかった理由のひとつは「憲法九条抜粋」という出だしに違和感があった。

いきなりこういう形でぼんと出てくると思わず、〇〇法〇条〇項付則とか、

なにか九条にそういうものがあったっけと思ってしまう。

もちろん、憲法九条の抜粋という意味だとすぐに分かるのだが、

ここでまず違和感。

ことさらに仰々しく漢字を続けなくてももっと自然に「九条の抜粋」とさらりと

入ってはいけないのだろうか?

それと、九条抜粋がTシャツの胸に印刷されているのだろうが、どういう抜粋?

ちなみに憲法九条とは以下のようなものである。

 

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動

  たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段として

      は、
永久にこれを放棄する。


2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。

  国の交戦権は、これを認めない

 

歌の表現は「黒々と」であり、これはある程度太い文字で書かれているイメージがある。

すると、九条の一部がTシャツに印刷されているのか?

もし、九条全文が印刷されているのなら「黒々と」はどうなんだろう?

いずれにしろ「黒々と」には過剰感がないか?

あるいは抜粋とかいちいち言わなくても九条だけでも伝わるのではないか?

もし、九条の全文ならそのまま「九条の全文が・・・」でもいいのかもしれない。

歌会で票を入れた人達のコメントを聞いていたが、

「『憲法九条抜粋』というのがいいです」

「そういうTシャツが2000円というのが面白い」

そういう意見が多かったかな。

で、聞いていて思ったのだが、

短歌に九条が出てくると、往々にして批評がその一首を超えてしまう。

憲法九条は大切だ、素晴らしいものだ → それを詠ったこの歌はいい歌だ。

批評が一首の表現を問うのではなく、九条への思いになってしまう。

当日の歌会でもそれは感じた。

一首の表現よりも一首への思い。そちらの方に傾いてしまう。

そして批評そのものは深まらない。

「九条の抜粋」でいいのではないか、それくらいさらりと入った方が、という私の意見も、

「いえ、『憲法九条抜粋』とこれくらいバアーンと出た方がいいです」

「憲法を取ってしまうと、後の時代に九条だけでは分からないかもしれません」

と一蹴された。

どうも、九条を詠った歌には、九条への思いが強すぎて一首としては、というのが

往々にしてある気がするのだが、それは批評についても感じるところで、

その辺どうなんだろうと気になったのであった。

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   歌会風景

お願い?

顧問先に行ったら、社会保険の定時算定基礎届の書類が来ていた。

毎年710日までにその年の4月から6月の間に支払った給与の金額を

各人毎に書き出して日本年金機構に提出する。

それでその年の標準報酬月額が決定され、会社はそれに応じた社会保険料を

社員の給料から引き、会社負担分と合わせて納付する。

制度上、社会保険の関係は税理士の仕事ではないので、

作成の仕方を会社に説明し、郵送で提出するよう伝える。

ちょうど6月末で退職する人がいて、その人の資格喪失届も出さないといけない。

ならば、提出先は同じだから算定基礎届と一緒に資格喪失届を送ればいいよという話に

なり、念のため、その場で日本年金機構に電話して確認する。

「資格喪失届も出すんだけど、提出先同じだから同じ封筒に入れて送っていいよね」

「これはお願いというレベルなんですが、別の封筒で送って頂きたいんですが」

「別の封筒にしたら郵便代余計にかかるでしょ」

「はぁ、担当の係が別なので書類が紛失したら困りますので」

「係が違うと紛失する?  それはそちらがちゃんと仕事しなさいという話だよね」

「はぁ、お願いというレベルなんですが、念のために

「お願いならこちらからもお願いがあります。念のために封筒に資格喪失届も入って

いる旨書いておきますから、そちらの内部の仕事はそちらでちゃんとやって下さい」

「はぁ、分かりました」

なにがお願いだよ(^^;

自分達の内部の仕事くらい自分達でちゃんとやれよ。

日本年金機構、昔の社会保険事務所である。

国が年金記録等の事務処理のためにオンライン化しようとしたら社会保険事務所の職員達

の加入している自治労が、労働強化になると反対してなかなか事が進まなかった。

今の時代、仕事が増えるからコンピューター導入に反対するってなんだ?

それが膨大な年金記録が消える一番大きな原因ではなかったのか?

その後の民主党政権は自分達の支持母体のひとつである自治労の罪は隠して自民党政権の

せいにしたし、なぜかマスコミもその方向での報道しかしなかった。

その後、制度が変わり日本年金機構に変ったが、

働いている職員の意識が変わったわけではなく問題を繰り返している。

マイナンバー導入のときも、業界では

「マイナンバーは流出しますよ、日本年金機構がやらかすでしょ」という話が出ていた。

社会保険へのマイナンバー導入が国税への導入より1年遅れたのもその辺の問題だった。

で、案の定、中国の企業を入力処理の外注に使ったりして個人情報を大量流出させた。

これだけ国民に迷惑をかけてきて他人様に「お願い」できる立場と思っているのか?

我が身を振り返ってからものを言えという話である(^^;;

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   アガパンサス  そういえば、自分の歌集にこういう歌を載せた

   新橋の飲み屋の路地に咲き群れてアガパンサスは梅雨告げる花



さくらの手術

ゴールデンレトリバーのさくら、手術をした。

子宮蓄膿症。

人間の都合で避妊させるのが可哀想で避妊手術はしなかった。

避妊していない犬が高齢になってくると子宮蓄膿症にかかる確率はかなり高くなるらしい。

10歳を超えているので手術中の死亡ということもあるかもしれない、

そう言われた。

避妊させなかったのがいけなかったかと苦い気持ちだった。

手術の当日、病院につれていき昨日あたりから少し元気を取り戻したという話をしたら、

医者が首を傾げた。

元気になるというのは、あるいはそれ程、症状は悪化していないのかもしれず、

ならば、もっと設備の整った病院でCTをとってみますかと言う。

実際、超音波で診察すると、どうも子宮以外のところになにか影のようなものがあり、

それが気になるという。

どっちがいいのかしばらく話した。

もう歳である。いずれにしろ尿に混じって膿が出てきていて蓄膿症であることは間違い

ない。ここで手術を先延ばしして、さくらはこのあと手術に耐えられるだろうか?

最後は、「元気が少し戻ったところで手術してください。おなかを開けてみれば

子宮以外のそれもはっきりするでしょう」

そう決めた。

「分かりました。手術します。術中死もありますから、それは頭に入れておいてください」

最後にまた脅された。

手術が終わって動物病院に行ってみると、さくらは酸素室のなかで寝ていた。

先生の話では、子宮蓄膿症は思ったより進んでいたらしく、

取り出した子宮に針を差してみたら膿があふれ出てきたそうだ。

子宮以外のなにかの影に見えたのは、結局、子宮体の一部だったらしい。

「手術を決断したのは正解でした」

先生はそう言っていた。

今日また行ってみた。

昨日は寝たままだったが、今日はさくらは酸素室から出てきて一緒に帰ろうとした。

まだ点滴つながっているし、細菌感染を防ぐため、3日程は入院が必要だという。

さくら、もうしばらく我慢しろ。

それにしても手術が無事に終わって良かった(^^

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     今日のさくら

 

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