プチ湯治 修善寺

腰を痛め、プチ湯治ということで先月、湯河原に行ってきて割と具合がいいので、

それに味をしめて今回は修善寺。

東名から伊豆縦貫道と高速を乗り継いで行けるので横浜から2時間で着く。

修善寺は鎌倉幕府2代将軍の頼家が幽閉されたところ。

その頃から修善寺は温泉地である。

天気が良いので修善寺温泉の中心部を歩いてみたが、なかなか感じが良い。

紅葉も始まっていて綺麗だった。

桂川に沿った落ち着いた感じの温泉街である。

ホテルにチェックインしてからは、

温泉に入っては部屋に戻って持ち込んだPCで仕事したり本を読んだりを繰り返す。

遊びに来たのではない。湯治に来たのである。

夕食は外に出て済ませたのだが、

ホテルの近くの居酒屋の女の子と話していて、

修善寺のお寺は修善寺(しゅぜんじ)ではなく修禅寺(しゅうぜんじ)だと気付いた。

ネットで調べると修善寺も修禅寺も発音は(しゅぜんじ)だと書かれているが、

その女の子も店のママも、地名は修善寺(しゅぜんじ)、お寺は修禅寺(しゅうぜんじ)

発音していた。

もともと、修善寺の寺は修善寺だったのである(分かりにくいか…)

頼家が幽閉された時代は修善寺である。

鎌倉時代の中頃、寺が曹洞宗に改宗し、それ以降、修禅寺(しゅうぜんじ)になった。

ま、それはどうでもいい。

この居酒屋、締めのラーメンが旨かった。

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  修禅寺
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  修禅寺境内

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  独鈷の湯 修善寺で一番最初に温泉が出たといわれているところ
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  竹林の小径
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  修善寺の外湯 筥湯

翌日は浄蓮の滝から西伊豆スカイラインを経て沼津に立ち寄って帰った。

西伊豆スカイラインとか伊豆スカイラインとか、

伊豆は走りを楽しめる道があって、

コーナーを攻めて走りたい向きには楽しいところである。

秋の修善寺は良かった。定期的に通いたくなる。

で、湯治の方だが、

湯治が効いたのか毎日のストレッチが効いているのかよく分からんが、

幸い、今のところ腰の状態はいい。

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   浄蓮の滝

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  西伊豆スカイラインは景色が良くて走りを楽しめる

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  沼津港 海鮮丼で昼食 
 このあとアカムツとアジの干物を土産に買って帰った

イートイン脱税

イートイン脱税というのがあるらしい。

101日から消費税が10%に増税され、同時に軽減税率が導入された。

それから約1か月、テレビや新聞ではいろいろ問題点も指摘されるようになったが、

そのひとつが「イートイン脱税」。

食料品は軽減税率で8%

コンビニなどのイートインスペースで食べるのなら10%だが、持ち帰りなら8%

同じ商品が、持ち帰りか否かで税率が変わり価格が変わるわけである。

持ち帰りということで8%の消費税を払い、そのあとすぐイートインスペースで食べていく、

そういうケースが結構あるらしい。

イートインスペースで食べるのなら10%なので、これは脱税だというわけだが、

ちなみにこれは大抵の場合、脱税にならない。

なぜなら、対価を支払う時点で判定するからである。

レジでお金を支払う時点で、持ち帰りということであれば8%の軽減税率が適用される。

そのあと考えが変わってイートインスペースで食べていくのは関係ないのであり、

それを見とがめるというのは、気持ちは分かるが、制度的には問題なく、

見とがめる方が法律を知らないか、あるいは底の浅い正義感に取りつかれているかである。

もちろん、中には確信犯がいるだろう。

イートインスペースで食べていくつもりでもレジでお金を支払うときは、

「持ち帰りです」と言う。

しかし、判定が対価の支払いの時点である以上、

そのあと考えが変わったとしても罪には問えないし、

確信犯であることをどうやって証明するのか。

税理士会ではこういう問題が起きるであろうことをとっくに言ってきた。

しかし、マスコミはたいして取り上げることもなく、

法律が変わってから、こういう問題が生じていると騒いでいる。

そしてそれに呼応して言い立てる人々が出てくるわけである。

法律が変わる前にそういう意見を言ったらどうなんだろうか。

しかも面白いのは国も「問題だ」と言っていることである。

問題のある法律を作っておいて「問題だ」ってどういうことだ(^^;

軽減税率導入前にマスコミが言っていたのとは反対に、

世界の潮流は複数税率に否定的である。

制度として無理があるからだ。

なぜ、マスコミはそれを伝えなかったのか?

報道の方針が決まればそれに従った報道だけするということか?

軽減税率は生活者保護にはならない。

既に軽減税率導入に伴い小売りの業界では事務負担が増大しており、

さらにインボイス制度がスタートすれば、それらの負担はいずれ価格に反映するのである。

これから軽減税率にともなってさらにいくつかの問題が生じるだろうが、

それは既にわれわれ税理士がこういう問題が起きると前から言ってきたことである。

結局、問題が起きてからでないと気付かないというのが、多くの人の現実であり、

そういう人々がこの国の民主主義の担い手であるということに、

密かな不安を覚えるわけである。

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   秋の酒のつまみは、銀杏と零余子。
 そういえば射場に植えた自然薯、来年は掘り出してみよう。

歌会

ひさしぶりの横浜歌会。

ひとつひとつの詠草についてというより、歌会で気になったことについて書く。

ひとつは、誌面発表前なのでここには出せないが、こういう歌についての批評。

つわぶきが咲いている峠道、故郷仕舞いの仏様と、

そんな歌意の歌である。

故郷の家をたたみ墓仕舞いも終え、先祖の位牌を持って故郷を出るのであろう。

この歌について結句の言い差しがよくないという総評があったのだが、

そうだろうか?

結句言い差しはよくない、というのはよく言われることであるが、

それがすべて良くないわけではあるまい。

日本語の普通の会話でも、最後まで言わずに相手に託すということはあるわけで、

言い差しはうまく使えば短歌でもちゃんと通用する表現であり、

それで成功している歌は沢山ある。

ただ、成功させるのは難しいのかもしれない。

言い差して終わるのは、ぞんざいな感じがすることもあるし、

相手に託した結果、曖昧になることもあるだろう。

感傷に流れてことさら言い差しにしてしまうこともあるかもしれない。

しかし、その辺は一首一首で違うのであって、

この歌の場合、「仏様と」峠道を越えた、という倒置と省略が一緒になったような

表現であり、言い差しが良くないと批評するほどの瑕ではないと思った。

結句言い差しは良くないという、ひとつの批評パターンで批評しているのなら、

それは違うのではないか。

今回、この歌に限らず、首を傾げる総評がいくつかあった。

それと、これは別の話になるが、

出席者の批評が本来あるべき批評から外れていたとしても、

それを注意するのは、批評の仕方の一般的な注意としてすればいいのであって、

相手を委縮させるような言い方を少なくとも総評の立場の人間はするべきではない。

横浜歌会は私が初めて出席し、短歌を学んだ歌会である。

そこで岡部史さんの「歌会は感性と知力で戦うゲーム」という言葉に触発されながら

短歌をやってきた。「歌会は真剣勝負」という言葉も聞いた。

真剣勝負であるのなら総評の立場の人達もそうでなければならない。

今の横浜歌会はかつて私が学んだ横浜歌会とは変わってしまったらしい。


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   歌会のあとの飲み屋、サンマの塩焼きの塩抜き作ってくれと
  頼んだら、嫌な顔せず作ってくれた。ひとくち食べたら美味しかった(^^

プチ湯治

若い頃の山での無理がたたったのか腰痛持ちである。

というか、正確には腰痛持ちだった。

フィールドアーチェリーをするようになり、

週に一回、アーチェリーコースの山を歩くようになって、腰痛が消えた。

すっかり腰痛のことも忘れていたのだが、

先日、ペルーから帰って登山靴を中腰で洗っていて、腰にビーンと来た。

幸い、軽いギックリ腰でしばらくリハビリして治ったのだが、

そのあと、右足が痛むようになった。

腰痛のあとで神経痛が出ることがあるらしく、どうもそれらしい。

とりあえずストレッチを毎日していたのだが、

先日の大雨の日、かなり痛くなった。

治るどころか悪くなっているのか?  と危機感を抱いて、そのとき、湯治を思いついた。

とりあえず仕事が忙しいので長くは行けない。

一泊でも温泉に行って温まってくれば少しは楽になるか、と思ったのである。

アーチェリーの射場で常連仲間にその話をしたら、

「湯治って一週間ぐらい行かないと効果ないんじゃない?  一泊で意味あんの?

と言われたが、溺れる者は藁をもつかみ、腰が痛い者はお湯をもつかむのである(^^;

座って長く車を運転していると痛くなってくるので近場の温泉で、

温泉療法ということで源泉かけ流しにこだわって探してみた。

箱根はこの前の台風で温泉の配管が壊れ、温泉が使えなくなっているところが

かなりあるらしい。熱海は割と源泉かけ流しが少なかった。

で、条件を満たしたのが湯河原。

熱海の手前、神奈川県の西の端っこの温泉である。

新幹線で熱海に行けるようになってから電車の客は熱海にとられ、

温泉街としては寂れているのではあるまいか。

昼まで仕事をして、午後から車で行く。

東名、小田原厚木と高速を乗り継ぎ、横浜から1時間半で湯河原。

観光に来たわけではないので、ホテルにチェックイン後はひたすら温泉。

今月末までの短歌結社の原稿があるので、持ち込んだPCで原稿を書いては

温泉に入るということを夜12時あたりまで繰り返す。

翌朝も2回温泉に入り、9時半にチェックアウト。

本人的にはなにやら体も気持ちも楽な気分である。

途中、土産を買っても11時過ぎには横浜に着いて、昼から再び仕事。


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  泊まったのは湯河原の温泉街の奥の方
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  川沿いのところどころにこういう温泉の源泉がある。
 昔は河原のあちこちから温泉が出ていて、それが湯河原の地名のもとになったのだろう。
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  伊豆の海

で、効果の方だが、

毎日続けているストレッチが効いているのか、温泉が効いたのかは分からないが、

足の痛みの方はかなり楽、というか、普段はあまり痛みを感じなくなっている。

そのうちまた痛みが出てくるかもしれないので、

近いうちに一泊ではなくもう少し日にちをとって湯治したいと思うのだが、

いかんせん仕事がなかなかそれを許してくれそうにない。

当分、今回のようなプチ湯治しか行けないかな…(^^

『インディアスの破壊についての簡潔な報告』からの一連

バルトロメ・デ・ラス・カサス。1484年に生まれ1566年に死んだスペインの聖職者。

父親がコロンブスの第二次航海にくわわり、本人も18歳で新大陸に渡った。

エスパニョーラ島でのインディオ討滅にも加わっている。

その後、コンキスタドールの一員としてインディオの分配を受け、

農園を経営したりしたのちスペインに戻り聖職者になる。

聖職者になったのちのラス・カサスは、

スペインによる新大陸のインディオ収奪の告発者になる。

いわゆる「新大陸の発見」とその後の新大陸へのヨーロッパからの移住は、

新大陸の先住民のホロコーストと同時進行だった。

人類の歴史上これほどまでに大規模におこなわれたホロコーストはなかった。

新大陸のそれと比べれば、

ヒトラーのユダヤ人虐殺さえ子供じみたものと思えるほどのものである。

ラス・カサスはそれを告発した。

それは、スペイン王室での論争となり、

やがて、国際法の夜明けにつながっていくわけだが、

日本ではあまり知られていない。

ラス・カサスの著作が彼の思想に染まっていてプロパガンダ的な部分があるのも確かで、

スペイン人によるアメリカ先住民の壊滅についてもその数字は誇張されている。

コロンブス以降のアメリカ先住民の劇的な人口減は、征服者たちによる虐殺と奴隷化は

もちろんあったが、一番大きな理由は先住民が免疫を持たなかった天然痘など、

旧大陸から持ち込まれた疫病である。

そういう部分はあるにせよ、

彼の属した時代のなかで彼は自分のなしえることをしようとした、

それは考えるべきなのだろう。

で、彼の著作『インディアスの破壊についての簡潔な報告』を読んで触発された歌を

短歌結社の毎月の詠草として4ヵ月ほど続けて出したのだが、評価は低かった。

自分で詠んでいて思ったのだが、叙事は短歌では難しい、

一首で伝えられるようなものならまだしも、

それを越えるならばどうしても事柄を説明しなければならず、

この「説明」というのが短歌には不向きなのである。

それを認識しながら4ヵ月、そういう歌を出した。

結社での評価どうのこうのではなく、自分で表現したかったからである。

で、4ヵ月間のその歌をここに出してみる。

叙事の難しさは詠んでいて感じていたことで理解できるところだが、

選者が落とした歌のなかには「この歌を落とすかい?」というのも幾つかあって、

こうやって並べてみると面白いかもしれない。

死者の声に耳を傾け、それを伝えたい。

それは短歌を始めた理由のひとつで、

短歌では叙事が難しいということは、

では、どうしたら死者の声を伝えられるのかという宿題を突き付けられたようで、

重く苦しんでいるのである。

本当に表現したかったのは死者の声を伝えること。

実は、時間がないから短歌をやっているだけではないのか?

そういうおのれへの疑念も消えないわけである。

それはそれとして、

面白いので試しに結社誌で採られた歌には〇、採られなかった歌には×をつけてみた。

ちなみに一連のなかに幾つかある残酷な歌は、結社誌ではみな落とされている。

ことさらに詠ったように選者はとらえたのかもしれないが、

その残酷な表現は殆ど『インディアスの破壊についての簡潔な報告』のなかの表現に

従っている。ことさら残酷趣味で詠ったものではない。

世の中も世界も歌詠みが思っているより残酷に満ちているのである。

 

 

  〇 明けてゆく森の中から立ち上がる巨人のごとし高き梢は

  〇 青年の夢とこれから見るものとラス・カサス朝の桟橋に立つ

  〇 何事もなかったような青空を鸚鵡の群れは飛んでゆきたり

  × 「インデペンデンス・デイ」の既視感は島に現れたコロンブスの船

  〇 幾つもの王国があり平原は緑なりけりインディオの島

  × 十二使徒に捧げるために吊るされてインディオ達のあまた火炙り

  × 遠景にインディオの国滅ぼされ女王アナカオナ吊るされにけり

  × 足や腕首が散らばり日が暮れてスペイン人は行ってしまいぬ

  〇 黄金の国とよばれしジパングが彼等の憧れであったということ

  × 9条の具体のような人達を絶滅させてエスパニョーラ

  〇 違和感のように真っ赤な花が立つスラムの脇を通り抜けたり

  〇 かく赤くダリアの花のひらくときモクテスマ王の深き悲しみ

  〇 滅ぼされし都市のひとつに数えられテノチティトランの絵図は鮮やか

  × 「信仰を教えるためにインディオの分配を神は許したまいき」

  × インディオの分配を受け農園を拓きしひとり若きラス・カサスも

  〇 夕暮れの露店に並ぶ骸骨のキャラクターどれも目は虚ろなり

  〇 コルテスの「悲しい夜」 否、メキシコの美しい夜月はのぼりぬ

  × 吊るされるインディオの王に改宗を勧めるほどの度胸があれば

  × 「天国にキリスト教徒が行くのなら私は天国に行きたくはない」

  〇 不都合は忘れてしまう明るさにメキシコの空どこまでも青

  〇 人間を駆除するためにやってきた白い神なりビラコチャという

  〇 インカの王縊られし朝おごそかに神父は神の愛を語りき

  × 虐殺の村に佇むラス・カサスそれから歩む遥かなる道

  × 怒りすら風化してゆく時の量(かさ)サクサイワマンの石は冷たし

  × コンドルはかなたの峰に還りゆき果てとは青の領するところ

  〇 石段に吾を振り向く少年の瞳は黒しクスコの夕べ

  〇 石段の下から夕闇やってきてクスコの街は日暮れてゆきぬ

  × クリスティナとウーゴを知らぬ若者のグラスを置いて聞く「花祭り」

  × インカの兵斃れただろう石段にヒールの音はさえざえ響く

  〇 燭明にあまたなる死を書き記すラス・カサスその影の揺らめき

  〇 滅ぼされし国と民との列なりに新大陸は撓んだ大地

  〇 インディオの坑夫たらふく呑み込んでポトシの山は銀を吐き出す

  × 猟犬の餌にするためインディオを連れて領主の狩りの隊列

  × 人間のタガが外れる容易さに新大陸もアウシュヴィッツも

  〇 簡潔な報告としてインディオのあまたなる死は伝えられにき

  〇 「キリスト教徒の良心の覚醒」論争ははるかスペインの地に

  〇 執筆と論争に暮れしラス・カサスついにインディアスに還らず

  × 救いとはいかなるものか褐色の聖母はミサの高きところに

  × インディアスその壊滅を種として国際法の夜明け遥けし

  〇 メスティソの村の外れに高く立つあれはヌマスギたぶんヌマスギ

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  メキシコシティー アステカ最後の王クアウテモクの像 

台風

台風19号、関東から東北を突き抜けて行った。

風の方は15号のときと同じくらいだったが、

水害の方はそれ以上で、復興するまで日にちがかかりそうだ。

1日置いて祝日の月曜、通っているアーチェリーの射場に常連仲間が集まった。

とりあえず山に入ってみると、まず目についたのは風に強い竹が傾いていること。

射場からコースに入り最初の的、35mの打ち上げなのだが、

行ってみると何か違和感がある。

いつも見ている風景と微妙に違い、回りの竹が右から左に少し傾いているのである。

風や雪に強い竹が傾くほどの風が吹いたのだろう。

そのさきに登ってゆくとなにやら明るい。

枝や葉が風で落とされて森が明るくなっている。

2番目の的の手前、右側の木がばったりと倒れていた。

足元はなにやらふわふわしている。

風で落とされた葉や小さな枝が一杯落ちているので、

歩いているところがいつもよりふわふわしているのだ。

コースの右側を見ると太い木が見事に途中から折れていた。

「これは大変だな

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  二番目の的の横 木が倒れていた
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 森の中、大きな木が折れている

コースの真ん中あたり、45mの的のところが一番凄い。

見事に木が倒れていて、その木をチェンソーで切ってどかさないといけない。

通い慣れたアーチェリーの森が台風で荒れるのは悲しい。

こんなふうに今まで来なかったような大きな台風が毎年来たらどうなるのだろう。

日本の森は崩壊してしまうのではないだろうか。

森が崩壊すれば山が崩れる。

山が崩れれば川が荒れる。

この列島はどうなるのだ。

地球温暖化ということが、身近の問題としてひしひしと感じられる。

これからどうなるのだろう。

あまりに問題が大きすぎるのだが、

とりあえず自分達に出来ることをしていくしかあるまい。

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  45mの的 両側の木が折れて白い幹が見える
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  倒れた木をチェンソーで切ってどかさないといけない

日本刀

依頼された相続税の申告、遺産を調べていたら日本刀が出てきた。

日本刀は美術品の扱いで相続税の課税対象になる。

美術品なので銃刀法での届け出も警察ではなく教育委員会である。

で、相続開始時点での「時価」で評価するわけだが、

この「時価」が分からない。

どうするかといえば、しかるべきところで鑑定してもらい、

それを「時価」として申告することになる。

被相続人の先祖は武士だったそうで、

その日本刀は先祖伝来の刀というわけではなく、

武士の家系を誇りにしていた被相続人が昭和の頃に購入したもの。

かなり大切にしていたらしく、毎月一度は手入れをしていたそうだ。

桃山時代の刀匠の銘が打ってあり、かなりのものらしい。

ということで、相続人がそれを鑑定に持ち込んだ。

その結果は、なんと偽物!!

相続人から電話をもらって

「えっ!?  マジですか?  偽物だったの!?」と思わず言ってしまった。

鑑定人の言うには、

「打ち方が雑で傷がある。その刀匠のものではありません。銘もあとから打ったもので

しょう。本物なら150万はしますが、15000円くらいで買って3万円くらいで売る、

そういう刀です」

とのことらしい。

う~ん….

被相続人は偽物とは知らなかったのだろうな

それなりの金額で買って本物と思って大切にしていたのだろう。

偽物と知らないままでお亡くなりになって良かったのかもしれない。

以前にも他のところで、

400万で買った絵を相続人が売ったら20万にしかならなかったという話があった。

美術工芸品の世界は魑魅魍魎悪党が沢山いる。

自分が本当に好きで買うのでなかったら手を出さない方がいい。

いずれにしろこの日本刀、時価15000円ということになると、

そのくらいの少額の美術品は個別評価せず、他の家財一式と一緒に計上することになる。

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 日本刀   ネットのフリー写真から

上高地

ここ数年、秋に上高地に行っている。

去年は奥穂に登る予定だったが、台風が近づいたため諦めて横尾に泊まり、

翌日、涸沢まで登って紅葉を見てきた。

今年も奥穂を予定したのだが、やはり初日に雨が降り、昨年と同じ横尾泊まりにする。

どうせ時間があるので上高地の手前の大正池でバスを降り、湖畔の道を歩く。

河童橋までⅠ時間くらい。

そこから横尾まで歩くのだがだんだん雨と風が強くなり、

この天気で上に上がれなかった登山者が集まったらしく横尾山荘はかなり混んでいた。


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  大正池 水面から出ている枯れ木が昔より減った気がする
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  横尾への道の途中で出会った猿の群れ、このあと続々とやってきた。
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  雨の中、横尾山荘着

翌朝の5時、小屋の外に出てみると天気は回復し、小屋の上にオリオンが傾いている。

支度をして6時過ぎに出発。今日一日で奥穂を越えて上高地というのは時間的に無理

なので、予定を変更し、蝶が岳に登り、そこから徳沢に下り上高地に戻ることにした。

蝶が岳は常念の南の2677mのピーク。槍穂高連峰の恰好の展望台である。

横尾山荘から裏の山に登る感じで樹林の道を登る。

3時間半くらいで稜線に出て振り返ると、槍と穂高の連峰が目の前にある。

まさに展望台。

槍沢と槍ヶ岳、北穂、奥穂、前穂が手に取るように見え、涸沢の紅葉も上の方が少し見える。

稜線を歩き、蝶が岳ヒュッテでしばらく休憩して蝶が岳のピークへ。

常念、蝶が岳の稜線の西側には槍と穂高の連峰、東側には雲海という見事な風景。

見飽きない風景をいつまでも見ていると上高地に降りられないので、

テキトーに切り上げて徳沢に下る。

この下りが結構長くて疲れた。

3時間くらいで徳沢に降り、そこからは平坦な道を上高地に戻る。

横尾から9時間ほどで河童橋に着いた。

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  蝶が岳の稜線から 槍と穂高の連峰
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  蝶が岳の頂上から 常念岳と東側の雲海
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  蝶が岳の頂上から 向こうに槍沢とその奥に槍ヶ岳

上高地では河童橋のたもとの白樺荘に入り、

風呂で汗を流し、部屋の窓から穂高の吊尾根を眺め、のんびりと酒を飲む。

これがたまらない。

実のところ、奥穂を登るだけなら一泊二日でも行けるのである。

一日目に横尾から涸沢を経て穂高岳山荘まで登り、

翌日、奥穂を越え吊尾根を経て前穂から岳沢に下り、そのまま夕方のバスで上高地を

出ればいい。若い頃なら当たり前にそういう山行をするわけだが、

ある程度の年になると、ただ登るのではなく、山で過ごす時間を楽しみたくなる。

ここ数年は上高地での定宿の白樺荘の部屋の窓から穂高を眺めながらのんびりするのが

習いになった。こうなると、それを組み込んでのスケジュールを考えないとならないので、

奥穂に登るにも二泊三日必要になったりするわけである。

山屋としては堕落であるが、

穂高を見上げ、若い頃の登高に思いを馳せながら酒を汲む堕落は気分がいい(^^;

さて、来年は奥穂に登れるだろうか。

別に登れなくてもいいのだ。

こうやって一年に一度、上高地を楽しめればそれでいいのである。

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  白樺荘の部屋の窓からの穂高 吊尾根と岳沢

カラスは歩く?

車で走っていたら、道端のゴミ置き場にカラスがいた。

ふと見ると、そのカラス、食べ物を引っ張り出そうとしているのだろう、

足を交互に出してゴミの方に歩いていった。

あっ!  と思った。

実は先日の歌会でこんな歌があった。

嘴を少しあけて庭をハシボソガラスが歩いていった。

そんな歌意の歌。

この歌を読んだとき違和感があった。

カラスは歩くのか?

鳥の歩き方には二通りある。

地上性の鳥は足を交互に出して歩く。

ハトやニワトリがそれ。

樹上性の鳥は歩かずぴょんぴょん跳ねるようにして進む。

スズメがそれである。

カラスも樹上性の鳥、

両足を前後にずらして不器用なスキップのように跳ねて進む姿が記憶にあった。

で、歌会でこの歌について指名されたとき、

「カラスは歩くのか?  歩かないのではないのか?  ちょっと違和感がある」と

コメントした。

「歩く」という表現からは足を交互に出して進む様子が浮かぶわけで、

ぴょんぴょん跳ねながら進むのを「歩く」と表現するのは違和感がある。

しかし、ゴミ置き場のカラスは歩いた(^^;

で、調べてみた。

鳥の歩き方にはやはり、地上性の歩く鳥と樹上性の跳ねる鳥があるのだが、

実はその中間があるらしい。

カラスはその中間で、樹上性なので跳ねることが多いが、

短い距離などでは足を交互に出して歩くこともあるらしい。

で、さらに調べてみて、面白い記事を見つけた。

ハシブトガラスとハシボソガラスの見分け方。

ハシブトガラスは跳ねるがハシボソガラスは歩くという。

なんだそれ!?   同じカラスでも跳ねるのと歩くのがいるのか?(^^;;

しかも、歌会の詠草は「ハシボソカラス」である。

ハシボソガラスは歩く!!

すると歌会での私の批評は的外れ、トンチンカン、ただの言いがかり、

だったということか(^^;;;

う~ん、常日頃、歌は自分の器量を越えて読めない、と言っている手前

うんつまり読めていませんでしたカラス、特にハシボソガラスは歩きます(^^;

先日の批評、訂正します。

ハシボソガラスが庭をとぼとぼ歩いていく、そのなんでもない情景がいいと思います。

嘴を少しあけて、というディテールも効いているんじゃないでしょうか(^^;;

カラスが歩くかどうか、短歌やっていると、こういうフツーの人なら目にとめないような

ことにも目をとめるようになる。

フツーの人から見たら変人ではあるかもしれないが(^^;;;

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   雪の上を歩くカラス  ネットのフリー写真より
 嘴が細いのでハシボソガラス?

歌会

ひさしぶりに湘南の歌会。

例によって気になった歌。

誌面発表前なのでそのままでは出せないが、

ジンベイザメがゆったり泳いでいる空を見て自分の転生を思う、

そんな歌意の歌。

歌会では「沖縄の美ゅら海水族館のようなところでジンベイザメを見ているのでしょう。

大きな水槽で下から見上げるようなので、それを泳いでいる空と表現したのでしょう」

概ねそういう批評。

ただ、私は疑問を感じた。

「歌の表現のとおり、ジンベイザメが空を泳いでいるんでしょう。

それを見て自分の転生を思ってる、そういう歌なんじゃないですか?

と発言したが、歌会ではほぼ無視(^^;

歌会での批評は、水族館の歌という前提で進む。

我慢できなくなって、

「短歌を鑑賞するとき、合理的に読もうとしなくていいと思うんです」

と再度発言したが、やはり無視(^^;;

歌会終了後、作者にこの歌について聞いたら、

やはり水族館ではなく、空をゆったり泳いでいるジンベシザメを思い浮かべての歌だった。

もちろん、歌の批評というのは作者の作歌意図を当てることではない。

作者の意図とは全く違う読みが出て当たり前なのが短歌である。

しかし、この歌は水族館の歌としてしか読めない歌ではなかった。

空を仰ぎ、そこにゆったり泳いでいるジンベイザメを見ている、あるいは思い浮かべている、

そういう歌として読めたはずである。

ジンベイザメが空を泳いでいるなどということはありえない。

しかし、そういう合理的思考は詩には関係ない。

あり得ないことが起こり、見えないものが見える、それが詩の世界であろう。

水族館にしろ空を泳ぐジンベイザメにしろ、

一首がそれを表現しえているかどうかが肝心なところではないのか。

合理的に歌を解釈してみせることだけが批評ではないはずだ。

作者は自分の転生を思っているのである。

空を仰ぎ、そこにいつか見たジンベイザメのゆったり泳ぐ姿を重ね、物思いにふけっている。

私はそういうふうに読んだ。

水族館の大きな水槽を泳いでいるサメなどを見て、空を泳いでいるように見立てるのは、

たまに見かける表現で、そうだとすればもう少し工夫が必要な気がする。

歌を合理的に解釈しようとせず、もっと自由に読んでいいのではないか?

水族館で固まった批評を聞きつつ、

「つまらない読みにこだわる連中だな」と心密かに思ってそのあとは沈黙していた(^^;;;


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   白い彼岸花

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